問題となった冊子
令和4年6月に神道政治連盟が神道政治連盟国会議員懇談会において配った冊子がLGBTを差別しているとバッシングを受けています。
「氷山の一角が世間の目に触れた感覚」神社政治連盟が配布した“LGBTQ冊子”に神社で働く当事者らが意見書(TBS NEWS DIG Powered by JNN) - Yahoo!ニュース
今回はこの問題について分析していきたいと思います。
そもそも神道はLGBTを差別しているのか?
すでに神道がLGBTQ+を差別していないことは
で論じています。
衆道をたしなんだ武将が御祭神となっている神社があるのだから、衆道を否定していないことは誰の目にも明らかです。
実際に参拝者がLGBTQ+だからという理由で参拝を拒否する神社はありません。少なくともLGBTQ+を差別するような命令・通達を戦前の内務省、戦後の神社本庁、神道政治連盟も出していません。
問題になった冊子(神政連レポート『意』215号、2021)にもLGBTの参拝を拒否すべきなどとは書いていません。
神道政治連盟が反対しているもの
神道政治連盟が反対しているのは「LGBT理解増進法案」です。「反対」というより「もっと慎重に議論すべき」と言った方が適切かもしれません。
『意』215号には
また、LGBT法案については、与野党の交渉で、法案の目的と基本理念に「性自認を理由とする差別は許されない」との文言が加えられたことで、自民党内では「差別の定義も曖昧な中で禁止規定を設ければ、LGBT以外の人の人権を阻害する恐れがある」等の反対意見が噴出、幸い法案成立は見送られましたが、議論の再燃が大いに懸念されます。(pp.2)
とあります。この文章をはじめ過去の神道政治連盟のLGBTQ+関連の主張をよく読めば、LGBT理解増進法案がLGBT以外の人の人権を阻害するかもしれないから慎重に議論すべきだというのが神道政治連盟のスタンスだということがわかります。
法案反対とLGBT差別は別だが
LGBT理解増進法案は差別をなくすための一つの手段ですので、法案を批判することは差別をなくすという目的を否定することではありません。
この違いは重要です。そしてはっきり主張しないとわかりません。
神道政治連盟の主張は、よく読めばLGBT理解増進法案に慎重なだけだとわかりますが、冊子をきんと読む人ばかりではないので、冊子にはっきりと「差別はなくさねばならない」と太字で書いた上で「でも、理解増進法案の〇〇はもっと議論すべき」などと論点を明確にしておくべきでした。
神道政治連盟が反省すべき点
神道政治連盟はLGBT理解増進法案が「LGBT以外の人の人権を阻害する恐れがある」と懸念を表明しているのですから、次にやるべきことは具体的に法案のどこに恐れがあるかを明確することです。
しかし、楊尚眞は『意』において「LGBT以外の人の人権を阻害する恐れ」を指摘していません。神道政治連盟も編集方針として「LGBT以外の人の人権を阻害する恐れ」の解説を依頼すべきでした。
もしLGBT理解増進法案をめぐる多様な意見の一つとして楊尚眞の説を掲載したのであれば、楊とは反対の意見の論者にも寄稿を依頼して公平性を保つべきです。
かつ「LGBT理解増進法案をめぐる意見の一つとして」と前置きしておかないと、読者は楊尚眞の説を神道政治連盟が支持していると受け取ってしまうので、きちんと前置きはしておくべきです。
そして配布先や配布数は慎重にすべきでした。
要するに、神道政治連盟は理解増進法案に「LGBT以外の人の人権を阻害する恐れがある」ことを主張したかっただけなのかもしれませんが、法案を論理的に批判できる講師・寄稿を見つけることができず、LGBTに関する海外の研究を紹介する楊尚眞の寄稿を何の前置きもせず不用意に配布してしまった。差別する意図はなかったとしても配慮に欠けています。
楊尚眞の説について
問題となった講演・寄稿で楊尚眞は海外の科学的研究を紹介しています。
これを批判するには、反証となる科学的研究結果を示すしかありません。
楊の紹介した研究を非科学的と批判する意見は多いですが、最新の正しい科学的研究を伴う批判は広まっていません。正しい研究を反証として提示しないと誤った説を払拭できないので、「この論は非科学的だ」と批判するときは、必ず「正しい研究結果はこれだ」をセットでやった方が良いです。
門外漢の私には詳細な批判はできませんが、楊の紹介する研究に相当古いものが含まれるのは気になります。
また『意』に根拠となる論文名を記載していないという点は不親切です。
具体的にどの研究を論拠にしているのか特定できない箇所があります。楊尚眞の別の論文に詳細が記載してあったとしても、このような繊細な問題ではその都度、論拠を明記しておくべきでしょう。
対話ではなく対立に流れる世論
神道政治連盟は差別したいのではなく、理解増進法案がLGBTQ以外の人の人権を阻害することへの懸念を払拭したいのであって、神道政治連盟とLGBT当事者の相互対話は可能なはずです。
その対話のために、神道政治連盟側は法案のどの部分が問題なのか明確にし、神道政治連盟を批判する側も反証を明示するという歩み寄りが必要です。
しかし、世論は対話という段階を飛ばして対立へと進んでしまっています。「#私のお賽銭のゆくえプロジェクト」というLGBTに理解のある神社とそうでない神社を選別するという運動もありますが、「LGBT差別はなくすべきだが、LGBT理解増進法案にはLGBT以外の人の人権を阻害するおそれがあるので、その限りにおいて神道政治連盟を支持する」という神社はどうなるのでしょうか?
単純にYESorNOでわけるのは、わかりやすいですが、分断と対立を生みます。
マスコミ報道も対話を促すものではありません。マスコミは神道政治連盟より大きな発信力と広い人脈をもっているのですから、科学者から楊尚眞の発表のどこがどのように問題なのか、その根拠となる研究データは何なのかをコメントしてもらい、それを発信した方が論点が明らかになりますし、啓蒙活動にもなるはずです。神道政治連盟が差別主義的団体と決めつけた方が話題性は高くなりますが、差別をなくしていくためには論点を明らかにし、神社にLGBTQ+に対する理解を啓発していくような報道姿勢の方がよいのではないでしょうか。
個人がマスコミになる時代
SNSの発達により個人が自由に情報を発信することができるようになりました。それは便利なことですが、同時に一般人にもジャーナリスト並の情報リテラシーが求められるようになることを意味します。
神社関係ですと「神社リークス」 (@jinjyaleaks)というアカウントが神道政治連盟を批判する情報を積極的に発信していますが、情報リテラシー的に問題のある投稿も見受けられます。
例えば、神社関係の会合の日時を事前に公表し、そこへの取材を促す投稿をしています。
神道政治連盟について報道機関は取材をお願い致します。 https://t.co/y9NN29Y8qR
— 神社リークス (@jinjyaleaks) November 27, 2022
11月28日
— 神社リークス (@jinjyaleaks) November 26, 2022
ホテルグランヴィア和歌山に各都道府県神社庁長、神社庁職員などが集まる。主な出席者は、なほ在任田中神社本庁総長(石清水八幡宮)、神道政治連盟打田会長(小國神社)、神社本庁藤江常務理事(杭全神社)、神道政治連盟国会議員懇談会より、山谷えりこ氏、有村治子氏等。
まず上記のような会合は定期的に開催される事務連絡会議であり、密談とかそういう類のものではありません。公表することに公益性はあるか甚だ疑問です。
むしろ主催者を妨害しています。そもそも報道機関の取材であれば正式に神道政治連盟に申し込めば良いので、事務連絡会議に突撃させる必要はありません。記者が押しかければ、その対応に時間をとられて事務連絡会議に遅滞が生じることは容易に想像できます。そして国会議員の参加者を主催者に無断で公表しているのであれば、警備の観点からみて問題です。また主催者の感情としても、内部の事務的な会合を第三者に勝手に公表されるのは愉快なことではないと思います。これらは一般企業や団体でも同じだと思います。
この情報は関係者から入手したのでしょう。情報を漏らした人物にとって事務連絡会議は周知の事実であり、密談でもなんでもないから機密情報ではないという認識なのでしょうが、開催情報がネットで拡散されたことによって業務妨害になりかねないのですから情報提供は「経営倫理」として問題があります。
このブログは開催日を過ぎてから公開しましたが、せめてそういう配慮はすべきでしょう。
あと、この会合は近畿地区「二府四県神社庁」の会合ではないでしょうか?
目指すところは差別のない社会
このままだと今回の問題は「キャンセルカルチャー」で終わってしまいます。
そうならないためには論点を明確にし、議論を通じて相互理解を深めていくしかありません。神道政治連盟も論点を明確にできていませんし、神道政治連盟の『意』に掲載された楊尚眞の科学的検証もまだです。
多様性を認める社会、差別のない社会は対立や排除ではなく、対話によって創造できると私は考えます。