神道研究室

在野の神道研究者が神社の問題に鋭く切り込みます

神政連の公約書について

公約書は当たり前

2023年春の統一地方選挙において神道政治連盟埼玉県本部が選挙で推薦(応援)する候補者に「公約書」を送り、署名を求めていたことが報道されました。

【独自】神社庁が統一地方選候補に送りつけた「公約書」の中身、LGBT増進法案国会提出に水を差す(東洋経済オンライン) - Yahoo!ニュース

これについて田村琢実県議は以下のようにコメントしています。

4月16日実施の埼玉県議会選挙で5期目の当選を果たした自民党の田村琢実埼玉県議は、「神政連から公約書が送られてきたのは今回の選挙が初めて。これまで一度もなかったのに、今回送られてきた理由はわからない」と首をかしげる

田村県議や記事は公約書について否定的ですが、私は公約書を取り交わさない方が問題だと思います。その候補者の政治的信条が団体の趣旨に合致しているかわからないのに、大切な一票を投じてもらうのは政治団体として会員に対し不誠実です。だからこそ労働組合でも政治運動に際して政策協定書を交わしています。そのため「今までやってなかったの?」というのが率直な感想です。

また旧統一教会問題もあり、政治と宗教の関係をはっきりさせていくことが求められています。そのため政策協定書を交わして政治家(政党)と宗教団体が具体的にどのような政策について賛同し、どのような理由で選挙応援を受けたのか書面を交わしておいた方が社会の安心につながります。これからは選挙運動では必ず公約書や政策協定書を交わし、さらに公開するという時代にして行った方が良いと思います。

そのため神道政治連盟埼玉県本部が公約書をつくったこと自体は、称賛されるべきことであって、批判されることではありません。

理解増進法は当事者の総意ではない

この記事のタイトルは「【独自】神社庁統一地方選候補に送りつけた「公約書」の中身、LGBT増進法案国会提出に水を差す」です。まるで「LGBT理解増進法」に異議を申し立てることが悪いことであるかのような言い方ですが、「LGBT理解増進法」に反対している当事者もいるのですから同法案はLGBT当事者の総意ではありません。

そもそも理解増進法はLGBTの人権を守るための「手段」です。「LGBTの人権を守るべきだが、理解増進法という「手段」には〇〇という問題がある」という論理は成立します。したがって「LGBT理解増進法」に対して異議申し立てをすることはLGBTに敵対することではありません。

「LGBT理解増進法」の何が「問題」な

のか(ニッポン放送) - Yahoo!ニュース

このように当事者からも異議が出されているのですから、「LGBT理解増進法」には改善の余地があるとして国民的な議論を積み重ねるべき段階でしょう。特に松浦大悟氏が指摘するように「差別」の定義が明確化されていないのは法律として大問題であると私も思います。定義がないと法律を運用する側の恣意独断を許すことになりますから、国民の生活が大いに不安定になります。

例えば、次のようなトラブルだって想定できます。

  1. 古事記』に対し「LGBTの神が登場しないのは差別だからLGBTの神を追加で登場させるか、古事記はLGBTに配慮していない図書として公立図書館からは排除すべき」と要求される。
  2. 神前結婚式の参列者から「夫婦や妹背など男女が結ばれることを言祝ぐ言葉が多く祝詞に用いられ、それはLGBTに対する差別だ」と苦情が来た。

神道はLGBTを否定していません(神道とLGBTQ+ - 神道研究室)が、このように「LGBT理解増進法」を根拠に神道に対し信仰の変容を迫られるおそれがあるので神道政治連盟が「LGBT理解増進法」に対し慎重な姿勢を示すのは、信仰を守るための防衛反応として理解できます。

神道政治連盟の反省点

しかし、はっきり言って神道政治連盟が「LGBT理解増進法」のどの点を問題視しているのか、過去の冊子などを読んでもよくわかりません。反対する要点がどこなのか組織内で共有されていないようにも思えます。

またLGBTに関係する法令を十把一絡げに論じようとしているようにも見受けられます。各県のLGBTに関する条例は「LGBT理解増進法」と同じ内容ではありません。そのため「LGBT理解増進法」は反対だが埼玉県の条例は賛成ということだってありえるはずです。

神政連がLGBTQを「精神疾患」として条例反対を呼びかけ 矛盾する「神政連の意図ではない」とした過去の回答(東洋経済オンライン) - Yahoo!ニュース

自治体それぞれの条例案を読み込んで、個別にリスポンスする。この手間を惜しんではいけません。

神道政治連盟は「LGBT理解増進法」のどの点に反対し、どの点は賛同できるのか、組織内でゼロベースで話し合いをして、情報共有をきちんとしなおした方がよいと思います。

ちなみに楊尚眞氏の講演を冊子にして配るのであれば、よく見える場所に「神道政治連盟としての見解ではない」と説明を付すべきでした。

神道政治連盟は差別をしたか? - 神道研究室

「LGBTに関する多様な意見の一つとして楊尚眞氏を講師に招いた。講演会に参加できなかった会員のために冊子化して配るのは慣例であって楊尚眞氏の見解を団体の意思として広める意図はなかった」というのが事務方の言い分のようですが、神道政治連盟が冊子にして配れば「神道政治連盟はこの講師の考えを推しているんだろうな」と冊子を配られた側は認識します。このように冊子として配ることを過小評価していた点も反省点です。

このままでは同様の問題が発生するのは目に見えていますので、神道政治連盟中央本部には「LGBT理解増進法」のどの点に問題があるのかを具体的に明示してほしいと思います。上で例示したような懸念が杞憂であることを確認していき、神社神道の立場からLGBTの人権保護に対してどういう取り組みができるかを検討する。「LGBT理解増進法反対」という旗を掲げて運動するのではなく、そういう地道な作業を積み重ねていくべきでしょう。