神道研究室

在野の神道研究者が神社の問題に鋭く切り込みます

『東洋経済』(7118号)読後評

オンライン版と雑誌版との違い

東洋経済』7118号(2023年6月10日)は「消えゆく寺・墓・葬儀 宗教消滅危機」と題する特集が組まれ、そのなかに野中大樹記者の「[神社本庁]横領したのは神政連・打田会長の親戚 約3000万円横領事件が神社界「内紛」に与える影響」「LGBTは「精神疾患」神政連の「内部文書」」と題する2本記事が掲載されました。

これらは先にオンライン版で発表された記事であり、オンライン版に対する論評はこのブログ内でも行ってきました。

「東洋経済」オンライン読後評 - 神道研究室

「東洋経済」オンライン読後評② - 神道研究室

「東洋経済」オンライン読後評③ - 神道研究室

神政連の公約書について - 神道研究室

しかしながら、今回発売された雑誌版はオンライン版をそのまま印刷したものではなく、追加取材し加筆修正を加えたものであるため今回はどこがどのように修正され、それが何を意味するのかを中心に考察します。

横領事件に関する記述の変更

まずオンライン版では神社本庁の中枢がM氏を擁護しようとしているのではないかという論調でしたが、雑誌版ではM氏は中枢と近しい人物であり神社本庁の内紛に影響を及ぼすのではないかという論調に変更されています。

それを象徴するのが東京都神社庁の顧問弁護士がM氏と親しく、その顧問弁護士が横領事件の内部調査を主導しているというオンライン版にあった記述が雑誌版では一切削除されている点です。

事件発覚から東京都神社庁では調査を続け、オンライン版の時点ではM氏は普通解雇でしたが、雑誌版発行時点では懲戒解雇へと変更したことを野中記者はきちんと追跡調査をして報告しています。こうした動きを見れば、東京都神社庁には事件隠蔽の意図はなく、証拠が固めて手続きを踏んで懲戒処分を下すのに6ケ月かかっただけの話だということがわかります。実際にこの半年で東京都神社庁では当初の被害1900万円に加えて東京都神職教誨師会の1230万円の横領をつきとめるなどの成果を挙げています。

雑誌版の表現方法で気になるのは「親戚」という表現です。初期のオンライン版では「親族」という表現でしたが、途中から「親戚」へと変更されました。日常会話で「親族」と「親戚」を区別して使っている人はあまりいないと思いますが、民法において「親族」とは「3親等内の姻族」、「6親等内の血族」、「配偶者」と定めています。そのためオンライン版では関係者から指摘があったか、追跡調査で「親戚だけど親族ほど近くない」ことが判明したから修正したのだと推測されます。7親等の親族というと「曾祖父の兄弟の孫」のレベルであり、核家族化の進む現代社会では名前も知らない可能性が高い「遠い親戚」です。そんな遠い親戚の横領をかばうでしょうか?「遠い親戚」が犯罪の容疑者になったら大半の人は「遠い親戚かもしれないが付き合いはない」と反応すると思います。そうなると「親族」か「親戚」は大きな違いがあります。雑誌版の読者のなかにはオンライン版を読んでいない人もいますので、「親戚(親族ではない)」とか「遠い親戚」等にした方が丁寧だと思います。

またオンライン版でも雑誌版でもM氏を東京都神社庁長の「側近」とし、その根拠として運転手役をよく務めていたという情報を挙げています。しかし、それはM氏の運転技術を庁長が評価していたという根拠にはなりますが、M氏が片腕だったという根拠にはなりません。

野中記者はM氏が神社本庁の「懲戒規程」の「神職としての資質を著しく欠き、職務を怠り、信用を失う行為があったとき」に該当するのではないかと論じていますが、「懲戒規程」には細則があり、横領は「刑事事件に関し、刑の宣告を受け裁判が確定したとき」を適用すると定められています。

あと庁長の監督責任について記事で言及していますが、企業では職員が横領したら社長が辞任するのが一般的なのでしょうか?『東洋経済』を発行する東洋経済新報社は『会社四季報』を手掛ける出版社なのですから、一般企業のデータを踏まえてトップが具体的にどのような処罰を受けるものなのかを示した方が読者に親切だと思います。「ちなみに「部下が横領したら上司も必ず懲戒処分する」というものではなく、上司にも指導監督義務の怠慢や重過失などがあった場合に就業規則・懲戒規程に照らし合わせて処分をしないといけないと言うのが法務の一般的な考え方です。

部下の不祥事に対する上司の懲戒処分の考え方 - 【公式】弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 | 東京都港区虎ノ門

LGBTをめぐる本部と地方組織

神道政治連盟が2022年6月に神道政治連盟国会議員懇談会で配布した楊尚眞・弘前学院大学教授(故人)の講演録がLGBTに対する偏見に満ちていたものとしてバッシングを受けました。これに対し神道政治連盟神道にLGBTを否定する考え方はなく、配布した講演録は神道政治連盟の公式見解ではないと説明しました。神道が「LGBT」を否定していないことは過去のブログ神道とLGBTQ+ - 神道研究室で私も解説しています。

ところが2022年4月埼玉県の条例をめぐり、神道政治連盟埼玉県本部がLGBTを精神疾患とみなす文書を配布していたことがわかり、過去の回答と矛盾するのではないか、「神政連もLGBTQを精神の疾患であると認識しているのではないか」と野中記者は疑問を呈しています。

この問題を考える上で、まず「神道政治連盟(全国)」と「神道政治連盟埼玉県本部」の関係を整理する必要があります。神道政治連盟(全国)は全国47都道府県に支部(県本部)があり、各県本部の代表が集まって全国の役員を選挙し、活動方針を決めています。全国があって県本部があるのではなく、県本部が集まって全国をつくっている訳です。そして全国に言われるまま県本部が動いているのではなく、県本部で考えて独自の行動をすることができます。神道政治連盟(全国)が「次の選挙は自民党の〇〇を応援しよう」と言ってきても、県本部で「うちの県は野党の〇〇を応援する」という判断もできる訳です。自民党本部と県連が対立することもあるのと同じです。そうした組織形態を踏まえれば、「埼玉県本部の主張=神道政治連盟(全国)の主張」という論理は成立しません。

次に取材を受けた「文書を受け取った埼玉県内の神職」の発言には時系列の錯誤が見られます。埼玉県本部が文書を送ったのは2022年4月、神道政治連盟(全国)の冊子が問題となったのは2022年6月です。つまり「講演録の内容は神政連の見解ではない」と述べる前に埼玉県本部が文書を送っている訳です。

以上のことから次のように事情を考察します。

神道政治連盟(全国)はLGBTに関する勉強会を開催し、その講師として楊尚眞教授を招いた。勉強会の内容は参加できない会員のために講演録をつくるか、会報なりに掲載するのが慣例だったので楊尚眞教授の講演も冊子にした。埼玉県本部は全国がつくった冊子なので楊教授の個人的見解なのではなく、神道政治連盟(全国)としての見解なのだと誤認して楊教授の講演録を活動の参考資料としてしまった。今回の「東洋経済」の取材に対し、神道政治連盟(全国)は「あれは埼玉県本部が誤解したものです」と埼玉県本部を見捨てるような真似はできないので「回答は致しかねる」と返答した。

ここで神道政治連盟が猛省すべき点を挙げていきますと、

  • LGBTがどういうものなのか知りたいのであれば楊尚眞教授以外に適任がいたであろう
  • 講演を冊子にする過程で楊教授の引用データが最新の科学に基づくものであるか確認しなかったのか
  • 極論だと理解しつつ講師に招いたのであれば講演録作成を中止するか、LGBTを支援する立場の講師も招いて両論併記にするか、冊子に「これは楊尚眞教授の見解であり、神道政治連盟の見解ではありません」とはっきり明記すべき
  • 役員・会員に対して「神道政治連盟としてLGBTを否定する考えはない」という意思伝達が徹底されていなかった(人権に関することであるので徹底しないといけない)

つまり表向きは「LGBTの人権を否定するものではない」としつつも裏で相反する政治工作を行っていたという故意ではなく、LGBTという繊細な問題を取り扱うに際し必要最小限の注意すら払っていなかったという重過失だと私は分析しています神道政治連盟は差別をしたか? - 神道研究室

ただLGBTに対する批判とLGBT理解増進法案への批判は区別されないといけません。「LGBTの人権は守られるべきだが、LGBT理解増進法案には〇〇という問題点があるので再考すべき」という主張は成り立ちます。神道政治連盟が取り組みたいのがLGBT理解増進法案(及び同様の条例案)への修正要請であるならば、法案のどこが問題なのかを明確にして論を立てるべきですし(そういう点から考えても楊教授より適任な講師がいたはずである)、法案への批判がLGBTの人々への批判につながらないように最大限の注意を払うべきです。組織としてそれができないのであれば、神道政治連盟はLGBTに関する問題からはいっさい手を引いた方がよいでしょう。

あと記事のなかで自民党に陳情するのが神道政治連盟の目的であるかのように書かれていますが、自民党以外とも交流がありますので自民党に限定した記述は正確ではありません。