神道研究室

在野の神道研究者が神社の問題に鋭く切り込みます

滋賀県における資金不正持ち出し事件

東京都と滋賀県

中外日報」によれば滋賀県神社庁大津支部で4500万円の不正持ち出し事件が発生しました。持ち出したとされる男性は、すでに奉仕神社を懲戒解雇されているそうです。https://www.chugainippoh.co.jp/article/news/20230915-001.html
この事件は「神社本庁の自浄を願う会」でも報じられました。https://jijyo.jp/page.php?id=402

しかし、「神社本庁の自浄を願う会」は東京都神社庁職員の非違行為の際に都神社庁の対応を批判していましたが、滋賀県神社庁の対応は批判していません(むしろ滋賀県神社庁の対応を引き合いに東京都神社庁の対応をを身内に甘いと批判しています)。ただ客観的に見ると東京都神社庁の対応の方が数段上です。今回はこの点について検証します。

対応の優先順位

例え話をしましょう。あなたは宮司です。明日の例大祭でお供えする鯛を地元の魚屋に頼みました。いつもは前日の日中に届けてくれるのですが、夕方になっても届かないので魚屋に電話しました。そしたらどうでしょう!魚屋の従業員が忘れていてお店に鯛がないそうです。しかも明日は市場が休みとのこと。とりいそぎ店主がお詫びと説明にきました。宮司であるあなたが聞きたい説明は次のどちらですか?

  1. 従業員が注文を受けたが、それを店主に伝えず、また発注もしていない。従業員は懲戒(譴責)処分にした。
  2. 明日は市場が休みだが、同業者に電話して鯛を譲ってもらえる算段がついた。いま従業員に受け取りに行かせている。〇時にはお届けできる。

大半の宮司は「従業員の処罰なんてどうでもいいから鯛を用意してくれ」と2を希望するでしょう。

このようにトラブルがおきたときに、原因をつくった人間を処罰するより先に、被害を回復させることを優先しないと他の人に迷惑がかかります。

東京では返済されている

神社庁のお金はその都道府県の神社関係者の負担金や寄付です。だから不正な支出はあってはならない。もしあったなら、庁長以下役員が優先すべきはお金を取り戻すことです。それが負担金や寄付を納めてくれた人々に対する責任です。

この点、東京都神社庁は追加で発覚した分も含め返済させています(6月18日付「東京新聞」)。発覚が2022年12月ですから6ヶ月でお金を取り戻すことに成功しています。

これに対し、滋賀県神社庁大津支部は2月に発覚し、約7ヶ月後の9月15日時点でまだ双方が代理人弁護士を立てて交渉している状態です。

したがってお金を取り返す手際に関しては東京都神社庁の圧倒的勝利です。

情報公開

東京都神社庁は2月の協議員会で報告し、その内容を庁報に掲載しました。庁報は都内の神社関係者や全国の神社庁に配られるものであり、非違行為があったことを数ヶ月後には神社界にオープンにしていたことになります。

これに対し滋賀県神社庁の問題は約7ヶ月間、公開されていませんでした。この間、東京都神社庁の問題が週刊誌や東京新聞に報道されていたにも関わらずです。

このように情報公開という点においても東京都神社庁は一歩進んでいると評価できます。

懲戒処分したけど

また滋賀県の事件で当該人物は懲戒されていると報道されていますが、どこが懲戒処分を下したのでしょうか?

神職の懲戒には①神社本庁としての懲戒と②奉仕神社としての懲戒の二つがあります。そのため神社を懲戒解雇された上に神社本庁から神職資格を剥奪されるなど二重の懲戒を受けることもありえます。滋賀県のケースは記事を読む限り神社の懲戒だと推測します。だとしたら神社本庁への報告はしていないのかという疑義が生じます。

神職資格を発行しているのは神社本庁なので、神社に神職資格を剥奪する権限はありません。なので神社から懲戒解雇されても、それが神社本庁に報告されていなかったら他の県で神職をすることが可能です。だから神社として懲戒したとしても神社本庁に報告していなかったら、当該人物によその神社で奉仕できる可能性を残していることになります。

ただ東京都の際にも論じましたが、「懲戒規程」第4条「懲戒事由が判明したときは(中略)統理宛具申しなければならない」という報告義務は、「懲戒規程施行細則」により「刑事事件に関し、刑の宣告を受け裁判が確定したとき」が適用されるから裁判確定後に報告すればよいものと考えます。したがって東京都神社庁滋賀県神社庁も報告義務を怠ったとはいえません。

一般論として、懲戒処分というのは相手の社会的評価に大打撃を与えるので、会社における横領事件などではお金を取り戻すための交渉カードになります。そもそも不正に持ち出されたお金が必ず戻ってくるとは限りません。罪が確定しても「1円の残さず使い切った。差し押さえでもなんでもしろ」と開き直る犯人だっているのです。毎月数万円ずつ返済させたとしても数千万円の被害の場合は一生かけて返済できるかわからない。そうした相手に対し懲戒処分を交渉カードとして使うことで、「身内が懲戒解雇されると親族の就職や結婚に支障が出るから親族で立て替える」など回収できる可能性が高まります。だから東京都神社庁が普通解雇にして懲戒解雇というカードを残したのは、返済交渉を有利に進める上で合理的判断だったと思います。

そもそも東京都神社庁の「普通解雇」だって社会的な制裁になります。経歴をみれば「依願退職ではない」という時点で本人の責に帰する事由があるということがわかるからです。経営者の視点から不当解雇で逆に訴えられるリスクを踏まえて考えれば、「懲戒処分」という交渉カードを残しつつ、「普通解雇」を本人に納得させた東京都神社庁の手際は評価されるべきものです。

それでも「懲戒」という言葉の響きには人々の正義感の満足させる効果があり、トップはそれを行使することで「自身は正義の鉄槌を下す立場であり、責任を問われる立場ではない」という印象を大衆に与えることができます。でも本当に組織やお金を出してくれた人々のことを考えているなら、「なんで懲戒処分を下さないんだ」と批判を浴びてでもお金の回収を最優先させるべきです。

東京都神社庁が懲戒処分をしないのを隠蔽だと批判する人もいましたが、隠蔽する気ならそもそも庁報に掲載しません。

神社庁にお金を協賛・寄付してくれた人々のことを考えれば懲戒処分よりもお金を取り戻すことが急務だと思います。そのため懲戒処分を下したからといって滋賀県の対応が東京都神社庁よりも優れているとは思えません。むしろ返済させた東京都神社庁の方が評価されるべきだと思います。

SNSなどの問題

さて東京都神社庁の事件の際に執拗に小野庁長の引責を求めるネット投稿がありました。しかし東京都神社庁のときに庁長の監督責任を追求していた人々は、今回の滋賀県神社庁長の監督責任には沈黙しているようです。これでは公平な対応とは言えません。

あと「神社本庁の自浄を願う会」は中外日報の当該記事の写真を掲載していますが、中外日報のホームページでは一部のみ掲載し、詳細を読みたければ購読してくれと書いてあります。記事全文を掲載するのはコンプライアンス的に不味いのではないでしょうか?

現在、神社本庁総長をめぐる紛争がありますが、地道に神社を守っている神職・氏子のことを考えれば、こうした問題を政争の具としてはなりません。例え神社本庁の在り方について意見や立場を異にする相手であっても、その相手の困難を喜んだり、相手の困難につけこんで失脚を図ろうとするのは神道人らしい振る舞いではありません。

東京都に続いて一日も早く滋賀県からも全額返済の報が届くのを願っています。