神道研究室

在野の神道研究者が神社の問題に鋭く切り込みます

「東洋経済」オンライン読後評③

はじめに

今回は東京都神社庁で発覚した不正会計疑惑について、現時点で神社本庁が疑惑の職員の神職資格をはく奪できるかを検討します。

まず本ブログで何回も指摘しているように、懲戒処分は規程(就業規則とか懲戒規程)に基づいて行わないといけません。就業規則とか懲戒規程を定めていない場合(コンプライアンス的に就業規則をつくっていないというのはありえない話ですが)、懲戒処分はできないと考えた方がよいでしょう。

さて「宗教法人A神社」の神職Bが懲戒事由に該当する問題をおこした場合、Bに懲戒処分を下すのはA神社です。しかし、それとは別に神社本庁には包括宗教団体として被包括神社の神職に対する懲戒権があります。そうするとBは2つの懲戒処分を受けることになりますが、これは懲戒処分を下す主体が異なるので「二重処分の禁止」に該当しません(つまり同じ団体が同じ理由で2回懲戒処分をするのはダメだが、2つの団体が同じ理由でそれぞれ別に懲戒処分をするのは可)。だから兼務や兼業をしている神職が問題をおこした場合、神社と会社の両方から、本務神社と兼務神社の両方から懲戒処分を受ける可能性があるということです。

神社本庁の懲戒規程

神社本庁の被包括神社の神職に対する懲戒の規則として「懲戒規程」(昭和21年3月23日規程第4号)があります。

懲戒のルールは「懲戒事由」(やってはいけないこと)と「懲戒処分」(罰)の2つがメインで、事前に「これらはやってはいけないよ」と合意しておき、それを破ったから罰するという形が整っていないと懲戒処分は実行できません。

神社本庁の懲戒事由は以下の通りです。

  1. 正当な理由なく統理の指導に従はず、改善が見られないとき。
  2. 神社本庁憲章、庁規その他諸規程に著しく違背する行為が判明したとき。
  3. 神職としての資質に欠ける行為が判明したとき。
  4. 刑事事件に関し、刑の宣告を受け裁判が確定したとき。
  5. 役職員進退に関する規程(昭和二十三年、規程第一五号)第二十二第二号乃至第五号の一に該当したとき。
  6. その他懲戒に相応の事由が判明したとき。

言い換えれば、上記に該当しない理由で神社本庁は懲戒処分をしてはいけないということです。

次に懲戒処分は以下の通りです。

  1. 譴責
  2. 戒告
  3. 休職
  4. 神職身分終身保有の取消
  5. 神職身分の降級
  6. 神職身分昇級の凍結
  7. 表彰の取消
  8. 免職
  9. 敬称若しくは称号の取消
  10. 階位の取消(剥奪)
  11. その他の必要と認められる処分

「懲戒事由」の一覧のどれかが該当する問題をおこしたときに、「懲戒処分」の一覧のなかから選んで処罰する(一度に複数の処分をセットで下すことも可)ことになります。ただし「懲戒事由」に該当しても処分が重すぎる(遅刻しただけで懲戒解雇とか)、同じ懲戒事由でAさんは譴責だったのにBさんは階位の取消だったなど不公平な運用をしていると裁判になって無効と判断される可能性があります。

東京都神社庁のケースは?

東京都神社庁の不正会計疑惑は「懲戒事由」のどこに該当するでしょうか?

「全てに当てはまる」と仰る方もいるかもしれませんが、懲戒規程には「懲戒規程施行細則」(平成28年5月28日内規第1号)があり、どういう問題行為がどの懲戒事由に該当するかより詳しく定めています。細則を見ますと「横領」は「刑事事件に関し、刑の宣告を受け裁判が確定したとき」を適用すると定められています。

「裁判が確定したとき」ですから、まだ裁判のはじまっていない現時点で懲戒処分を下すことは不可能だということになります。「横領したM氏が神職の資格を剥奪されない理由」は「懲戒規程により裁判が確定するまで懲戒処分できないから」と考えるのが妥当です。ルールに従っているだけで、そこに忖度も不正もありません。

「即座に神職資格をはく奪すべきだ」と他の懲戒事由を適用した場合、相手から「懲戒権の濫用だ!不当な懲戒処分だから無効だ」として訴えられるリスクがあります。前にも指摘しましたが懲戒処分とは諸刃の剣です。施行細則がなければ、まだ「神社本庁憲章、庁規その他諸規程に著しく違背する行為が判明したとき」等を適用する余地があったかもしれませんが、細則に明記されてしまっているのでそれも厳しいと思います。

刑事告訴されたときではなく、裁判が確定したときにしていることを手ぬるいと思う人もいるかもしれませんが、司法の判断が確定した後にすることで冤罪による懲戒処分を防ぐ意味もあります。

このように神社本庁や東京都神社庁の慎重な対応は「懲戒権の濫用」を防止するためのものと考えれば理解できると思います。