はじめに
花菖蒲ノ會は会報第10号において以下のように述べています。
「統理が指名するのは「宗教団体神社本庁の総長(A)」であって、「宗教法人神社本庁の代表役員(総長のあて職/B)」ではありません
要するに「神社本庁憲章」と「神社本庁役員その他の機関に関する規程」によれば、神社本庁統理には「宗教団体」神社本庁の総長を指名する権限があり、「宗教団体」神社本庁の総長がそのまま「宗教法人」神社本庁の総長にあてられるのだと花菖蒲ノ會は主張しているのです。
今回は本庁制定の歴史から上記の理論が妥当なのかを検証したいと思います。
今回、参照する資料は以下の2点です。
いずれも神社本庁が発行したものです。
なお最終的に「神社本庁憲章」という名称に決まりましたが、審議過程には「庁憲」、「基本憲章」などの案もありました。
解説書から
まず神社本庁の公式の解説書である『神社本庁憲章の解説』(31p)には第5条の解説について以下の通り書かれています。
統理は、本憲章第九条に規定した承認の外、神職の身分、階位、進退、懲戒を始め広範かつ最高の権限をもつものであるから、本憲章においては「総理し」といふ用語を使用したのである。
「広範」という言葉は「範囲が広い」という意味であり、「すべて」という意味ではありません。統理の「最高の権限」が「すべて」に及ぶのであれば「全般」などの表現を用いるはずです。
さらに解説書には「神職の身分、階位、進退、懲戒」と統理の権限を列挙していますが、そこに「総長指名」がないことは注目されます。宗教法人にとって代表役員選出は非常に重要な事項です。もし統理に総長(宗教法人の代表役員)の指名権があるのであれば、解説書に列記するのが当然なのですが、ここでは列記されていません。
もともとは「議を経て」がなかった
「神社本庁憲章」制定は「宗教機能に関する規程」を整備拡充せよという要望から出発しました(解説55p)。その「宗教機能に関する規程」には事務総長選出について以下のように定められています。
第七条 役員は、庁規に規定する評議員会において選任する。
但し、事務総長は常務理事のうちから、統理が指名する。
「神社本庁憲章」の一番最初の原案(昭和51年12月3日役員会資料)である「庁憲(仮称)案」も「宗教機能に関する規程」を継承して「議を経て」がありません。
第十二条 統理、理事及び監事は、評議員会において選任する。
総長は理事のうちから統理が指名する。
副総長は、総長の意見を聞いて、理事のうちから統理が指名する。
常務理事は、理事が互選する。
役員会で反対意見
これに対し1977年1月21日~22日の役員会において以下のような異議が出されました。
丹羽 第十二条の中で、常務理事は統理、総長が指名とした方がよいのではないか。
長尾 民主主義に反する。
脇山 さうすれば統理の責任が重くなるから、現在の様に役員会の議を経てとした方がよい。
島 現状からして、院館の問題があり、選挙母体が異なるのであるから、総長、副総長、常務理事も理事会の議を経てとした方がよい。
この時点の庁規では「役員会の議を経て」となっていますので、役員会の議決に関わらず統理が指名できると解釈できる「宗教機能に関する規程」と文言が統一されていません。そうなると庁規に基づき役員会の議を経るのか、「宗教機能に関する規程」に基づき役員会の議を経ないのか、どちらで総長を選出するのかという問題が生じますが、実際には役員会の議を経て選出されていたことが脇山氏の発言からわかります。
これら役員会での反対意見を受けて1977年2月9日役員会協議資料では、次のように修正されます。
第十二条 統理、理事及び監事は、夫々宗教法人「神社本庁」の統理・理事・監事を以てあてる。
つまり宗教法人の役員をもって宗教団体の役員にあてるという案へと変更されたのです。役員会の反対意見および修正案から考えて「総長は統理が指名するもの」という慣習がなかったことは明らかです。また団体の総長がそのまま法人の総長になるという論理はこの修正案では完全に否定されています。
統理の権限を明記
宗教法人の役員をもって宗教団体の役員とする考えは、1977年3月4日部内検討会資料、1978年1月26日「庁憲(仮称)第一次試案(修正案」でも以下の通り踏襲されます。
第十四条 統理、理事及び監事は、それぞれ庁規に定める統理・理事・監事とする。
この第一次試案では統理について以下の通り定めています。
第八条 本庁に統理を置く。
統理は、本庁を代表し、左の行為を行ふ。
一、本庁幣を供進する。
二、規程を布達する。
三、神職の任免、階位の授与、身分の認定。
四、懲戒を行ふ。
五、総裁が欠けた場合において表彰を行ふ。
六、その他統理の権限と定められたこと。
統理は、職務の一部を神社庁長に委任することができる。
ここで列記された権限は『神社本庁憲章の解説』よりも多く(詳細に)書かれています。それでも統理の権限のなかに「総長の指名」は列記されていません。また第十四条があるので「その他統理の権限」に「総長指名」が含まれると解釈するのは不可能です。
憲章から役員選出方法が消える
その後、憲章は試行錯誤が繰り返されて以下の案が出されます。
これらから役員選出方法に関する文言は消失します。
そして1979年の「第三次試案」において
第四条 神社本庁は総裁を推戴し、統理が本団体を総括する。
2 総長その他の役員等については、別に定める。
と役員については別に定めることという文言が挿入されます。
そして第四次試案が修正を加えられて1980年5月評議員会で議決されたのが現在の「神社本庁憲章」である。そこには役員選出について以下のように定めています。
第五条 神社本庁に統理以下の役員、その他の機関を置く。
2 統理は、神社本庁を総理し、これを代表する。
3 第一項の役員、その他の機関については、規程で定める。
そして、「神社本庁憲章」第5条における「規定」とは「神社本庁役員その他の機関に関する規程」のことです。
役員規程の制定経緯
この「神社本庁役員その他の機関に関する規程」について1979年12月4日常務理事会では以下のように庶務部長が説明しています。
既に施行してゐる宗教機能に関する規程を基本として最小限の規程を作成した。
この発言記録から「事務総長は常務理事のうちから、統理が指名する」となっていた「宗教機能に関する規程」をベースにしたにもかかわらず、「神社本庁役員その他の機関に関する規程」では、わざわざ「役員会の議を経て」を追加していることがわかります。
もし統理に総長の指名権があるのであれば、一番最初の案のように「総長は理事のうちから統理が指名する」とすればよいはずです。それなのにあえて「役員会の議を経て」を追加したということは、1977年1月21日~22日の役員会での反対意見を採用したと解釈するしかありません。
総長選出において「宗教機能に関する規程」から「神社本庁憲章」への移行は宗教面における「役員会の議を経て」の強化(明文化)と評価せざるを得ません。
制定過程を踏まえて「神社本庁憲章」を読むと花菖蒲ノ會の理論を補強する材料になりません。少なくとも1977年1月21日~22日の役員会でのやりとりは東京地裁の判決(役員会の議決が優先される)を補強する内容です。
制定過程から考えても「神社本庁憲章」および「神社本庁役員その他の機関に関する規程」を「統理に総長の指名権がある」と解釈するのは無理筋だと言わざるを得ません。