神道研究室

在野の神道研究者が神社の問題に鋭く切り込みます

東京都の外苑対策から政治手腕を考える

都知事が外苑再開発に待った

イコモスの提言を受けて小池百合子東京都知事は具体的な保全策を事業者に要望し、「事業者にはしっかり対応していただきたい」と述べました。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/277564

じゃあ今までは何だったのというのが率直な感想ですし、本気で再開発を止めたいのであれば要望書を出す前に事業者と面会して説得した方が確実です。直接事業者と対峙せず、要望書を出して終わるのは反対派へのパフォーマンスとしか思えません。

こうしたトラブルに際し双方の意見を聞き、説得と調整をするのが政治家の手腕であり、一方の言い分を伝えるだけなら政治家でなくてもできます。

ある自治会長の手腕

ある山村に法人化していない稲荷神社がありました。数十軒の氏子が氏神神社宮司を招いて夏に例祭を斎行していました。稲荷神社の土地は地主のAさんの私有地で、彼が固定資産税も払っていました。つまり稲荷神社の土地はAさんから地区がただで借りていたのです。

ところがAさん死後、地元を離れて就職していた一人息子は稲荷神社の土地を売却することにしました。今まで自治会の土地だと思っていた住民もおり、売却を知って驚いた住民は寄り合いを開きました。

住民は「先祖は立派だったのに」とか「郷土愛はないのか」などとその場にいないAの息子を罵りました。やがて自治会の総意として売却をやめろという抗議書を出そうという意見が大勢を占めました。そこに待ったをかけたのが自治会長です。抗議書で鬱憤は晴れるかもしれないが根本的な解決にならないと自治会長は直接Aの息子に相談すると自治会長預かりとして寄り合いを閉めました。

自治会長は約束通りAの息子と面会し、事情を聞きました。Aの息子はすでに他郷に家を購入し、故郷には帰るつもりはないこと、地域の稲荷神社の固定資産税を自分が負担するのは納得できないと回答しました。そこで自治会長は固定資産税を自治会で負担する案を提案しましたが、名義を残すと倒木や土砂崩れの責任をとらされるから嫌だと断られました。そこで安価で譲ってほしいと打診したところ合意を得ました。

自治会長が戻って報告したところ、無償で寄付すべきだろと不満な住民もいましたが、この際、仕方ないという意見が9割でした。しかし、1割の住民が信仰上の理由から自治会費で土地を買うのは納得できないと反対しました。そもそも自治会で稲荷神社の祭りをしてきたのも不満だったというのです。

今度は自治会のなかで稲荷神社の氏子とそうでない住民の間で争いになったのです。自治会長は双方の意見を調整し、自治会から氏子会を独立させることにしました。そして氏子会として集めた資金で稲荷神社の敷地を買うことができました。

政治の基本は調整

周旋の労を惜しまなかったため、稲荷神社の措置についてA家も住民も遺恨を残しませんでした。関係者の意見をよく聞いて調整する。これが政治家の基本であり、この自治会長は本職の政治家ではありませんでしたがその政治手腕は老練でした。

世の中の政治家を見ると、公平を図ろうと調整に走り回るのではなく、選挙で票が集まる方に味方する傾向があるように思えます。大衆やマスコミの顔色を窺い、時勢によって節をころころ変える。風見鶏な政治家の増加が日本の政治を劣化させた原因の一つだと私は思っています。

そうした観点から今回の外苑再開発への対応は政治手法として評価できません。

創設時の阪谷芳郎ならイコモスと事業者の直接会談の場を設けて自身が仲裁役をつとめて双方から「妥結」を引き出すとか、外苑を公有化するなどの知事主導の具体的解決策を打ち出すくらいはしたでしょう。

要望書を出すだけというのは、自分も再開発に懐疑的だと大衆に示すパフォーマンスの域を出ません。