神道研究室

在野の神道研究者が神社の問題に鋭く切り込みます

東京新聞の「国家神道」論を批評する

東京新聞の事実誤認

今回は東京新聞<社説>明治神宮外苑再開発 憩いの土地は誰のもの:東京新聞 TOKYO Webを批評したいと思います。特に事実誤認がみられるのは以下の部分です。

神宮と外苑は当時ともに国有地でした。神宮の土地は、国が神宮に無償譲渡する一方、スポーツ施設が集積する外苑は国有地のままスポーツ団体を交えた委員会が運営するという文部省(当時)案が五一年六月にまとまりました。

歴史的事実を指摘する前に、東京新聞の報道姿勢について苦言を呈したいと思います。上の引用で東京新聞の社説は「神宮と外苑」という表現を用いていますが、「外苑」に対応する語は「内苑」です。あえて「内苑」ではなく「神宮」という表現を用いる必要性はどこにあるのでしょうか?

言うまでもなく、外苑は明治神宮の一部です。ところが「神宮と外苑」という表現だと「明治神宮から外苑は分離している」という誤った印象を読者に与えかねません。そのため「神宮と外苑」という表現はジャーナリズムとして正確さに欠けます。

なぜ国有地だったのか?

この社説の最大の問題は「内苑と外苑がなぜ国有地だったのか?」について、まったく説明がないという点にあります。考えてみて下さい。「明治天皇のために、明治神宮のために」という気持ちでつくられたのが外苑です。それなのに戦後、明治神宮が時下の半額で国から買い取る(有償譲渡される)のはおかしくありませんか?

内苑が無償譲渡、外苑が有償譲渡されたのは「社寺等に無償で貸し付けてある. 国有財産の処分に関する法律」(昭和22年4月12日法律第53号)、通称「第二次 国有境内地処分法」によるものです。そのため、この社説は第二次国有境内地処分法を知らないと理解できません。そして第二次国有境内地処分法を理解するためには明治4年の「上知令」からはじまる戦前の社寺境内地の歴史を知る必要があります。

ざっくり説明しますと、明治政府は「神社や寺院は朝廷や大名が寄進したものだから、その土地は政府のものだ」と強引に土地の所有権を社寺から奪いました(上知令)。これに対し国民が「うちの神社は地元の氏子がお金を出し合って買った土地です」と嘆願しても「だったら買ったときの書類を提出しろ」と強硬な態度を貫きました。そうして大半の神社・寺院の境内地は無理やり国家の土地にされてしました。

さらに政治家や官僚は強引に奪い取った土地なのに「国の土地を社寺に無償で貸してやっている」という法律をつくり、明治時代以降に建立された新しい神社の境内地も国有地という原則にしてしまいました。現代では考えられないのですが、「国家神道」の時代だから神社に寄付した土地は国家のものという理屈がまかり通ったのです。だから人々が明治神宮に奉納したはずの外苑の土地も国有地として登記されてしまったのです。

ところが日本が戦争に負けてGHQの統治下になると、GHQは国有地をタダで貸しているのは特定の宗教に対する不当な支援だから止めろとクレームを入れてきました。神社にしてみれば明治政府に無理やり奪われた土地なのに、自費で買い戻さないといけなくなったのです。買い戻せる神社はまだましで、経済的余裕のない神社は引っ越すか、つぶれるしかありませんでした。そこで神社本庁を中心に無償あるいは廉価で譲渡・払い下げをしてもらえないかと嘆願運動をし、それが国民の支持を集めて第二次国有境内地処分法ができたのです。

明治神宮に寄付したのに

外苑は国民有志から明治神宮に寄付された土地です。それなのに「国家神道」によって無理やり国有地にされた上、戦後も無償譲渡ではなく、時価の半分も支払わなくてはならなかった。これが国有地としての外苑の歴史です。

明治神宮にとって時価の半分は安い金額ではなく、10年もの分割支払いにせざるを得ませんでした。それでも「崇敬者から奉納された土地だからなんとしても明治神宮の境内の一部として残さないといけない」という必死の想いで嘆願運動をしてきたのです。

東京新聞の社説は、そうした明治神宮が受けて来た理不尽と悲痛な想いについて論及していません。読者に対して「当時の明治神宮がどういう状況にあったか」という情報を提供すべきではないでしょうか。さらに社説で「国家神道」を軍国主義の根源として批判していますが、ならば境内地の国有地化の是非も批判の眼差しを向けないと一貫性がありません。

また文部省が提案した国有地のままスポーツ団体を交えた委員会が運営する案は、「明治天皇のため、明治神宮のため」という寄付者の想いに反するのは明白です。崇敬者が明治神宮のために寄付した外苑の土地を文部省がスポーツ振興のための用地に改変しようとしたことは批判せず、今回の再開発が有償譲渡の際に明治神宮が受け入れざるを得なかった4条件について「ちょっと待ってください。「四条件」に反しませんか」と批判するのは公平さに欠きます。

市民参加

市民参加は市民の負担とセットです。市民が納税などの形で維持管理を負担する公共物の維持管理について市民の参加を促進するのは良いことでしょう。しかしながら外苑は明治神宮など土地所有者が維持管理と責任を負担しています。市民の負担で維持している施設ではないのです。

外苑の維持管理について市民参加を求めるのであれば、市民も維持管理の負担をすべきです。欧州で行われている市民参加は、土地所有者だけが費用を負担し、意思決定だけ市民も参加するというものではありません。欧州の市民参加の事例と外苑では状況がまったく異なるので、これを比較するのは的外れと言わざるを得ません。