神道研究室

在野の神道研究者が神社の問題に鋭く切り込みます

総長選任問題と議決権

総長選任までの流れ

神社本庁における評議員会は、会社や各種団体における「総会」のようなものです。そして評議員会において役員(理事)が選出され、役員が集まって総長が選任されます。以上を整理すると次のようになります。

  • 都道府県神社庁評議員を選出する
  • 全国の評議員を招集して神社本庁大講堂で評議員会を開催する
  • 評議員会のなかで理事を選出する(理事=責任役員)
  • 理事が集まって役員会を開催する
  • 総長選任は役員会の議を経て統理が指名する

総長選任に関する議決権

このような代議制を採用する場合、評議員会の権限は何か、役員会の権限は何かを明確にする必要があります。昨今、問題となっている神社本庁総長の選任に関しては、役員会で決定する事項です。今回の裁判は①統理の指名は形式的なもので実質的には役員会の議決で総長が決定する、②役員会の議は形式的なもので統理の指名で実質的に決定する、の2つの解釈で議論になっているのであり、評議員会に決定権があるという意見は出されていませんし、庁規の条文や過去の運用実例から考えても評議員会で総長を決定するという解釈を導き出すのは無理筋です。総長選任は役員会の決定する事項であるという点に関しては争点になっていないのです。

東京高裁の6月14日の判決において、「議を経て」とは「議決」のことであると判断が下りましたので、総長選任の議決権をもつのは理事ということになります。裁判所の判断は責任役員の互選を定めた宗教法人法とも整合性があります。

再審議のための署名

総長選任の議決権をもつ理事の半数以上が田中恆清氏の再任を支持しました。この決定を覆したいのであれば、議決権をもつ理事に対して、田中氏よりも他の人物の方が適任であるという説得をしないといけません。実際にどのような議論がなされたのか部外者には知る由もないですが、議決権をもつ理事の説得に成功しなかったのであれば、次の改選まで諦めるしかありません。これは選挙なのですから。

もし田中氏を支持した過半数の理事に対し再審議を求めるために署名を集めるのであれば、署名を求める相手は理事を選出する議決権をもつ評議員あるいは都道府県神社庁が第一候補になるでしょう。そして署名は次の条件を満たさないと意味がありません。

  • 「田中恆清氏より〇〇氏の方が総長に相応しいので役員会の再審議を求める」と誰が総長に相応しいのかを明確にする
  • 評議員の署名であれば個人の意見ではなく所属神社庁の代表としての判断したもの、神社庁の署名であれば神社庁長の個人的な署名ではなく神社庁の組織として議決したもののみを有効とする

評議員神社庁の数ではなく、一般神職・総代の署名を集めて総長再審議を役員会に要望するというのであれば、せめて首長のリコールに準じて神職・総代の総数の3分の1の署名を集めなければ理事の翻意は得られないでしょう。

ただし、これらの署名を集めたとして、再審議を実施するかどうかは役員会の判断するところです。神社本庁総長にリコールや選考の再審議という制度はありません。したがって署名をどれだけ集めても、理事の過半数が再審議を拒否すれば効果はありません。

5月定例評議員会での動議

5月定例評議員会で提出された動議についてみていきますと、

  1. 「統理の指名が本庁といふ組織にとって重要なものであること」
  2. 「統理が本庁にとって欠くべからざる存在であり、これを尊重した執行部をただちに作成することを決議する」
  3. 「統理の指名が有効であることを確認する」

神社新報3637号より引用)

というものです。これらは言ってしまえば「理事は総長選任の議決権を放棄して統理一任とすべき」という実質的に庁規の条文改正を意味する内容です。通常の議案の決定は過半数で決しますが、庁規の改正と評議員の除名の場合は3分の2の賛成が必要となります(庁規33条)。そのため動議の内容が庁規改正なのか、庁規改正を伴わない理事への要望なのかについて確認する作業は不可欠です。

加えて言うのであれば、「統理を尊重して総長選任を議決することを理事に要望する」という動議が可決されたとしても、総長選任の議決権を有する理事の過半数が「田中氏が総長に就任することは統理を軽んじることにはならない」という意思を表明したらそれで終了です。誰が総長に相応しいのかという争点を明らかにしないと本格的な再審議の要請にはなりません。

したがって、最終的に「芦原理事が、統理の指名に基づき、早期に神社本庁総長に就任することを求めるの件」に文言修正することになったのは、動議の目的が庁規改正に該当するのか否かを明確にする上でも、誰が総長に相応しいのかという争点を明らかにする上でも必要な修正でした。

この動議に対し田中氏の正式な選任を求める動議が出されました。こちらの動議が先の動議よりも早く取り上げられたのは議長の依怙贔屓ではなく、庁規改正に係わる要望ではなく、争点が明確な内容だったのが大きな要因であると考えるのが妥当でしょう。

統理指名の有効性

裁判の結果に不服であり、役員会の議決結果に関わらず、統理の指名によって総長を決定すべきだと主張するのであれば、総長選任の条文から「役員会の議を経て」を削除する庁規改正を要望し、評議員の3分の2の賛成を得るのが王道です。

加えて庁規改正という重要な案件は動議ではなく、地区上程議案として慎重に審議した上で提出し、評議員会で充分な準備や議論ができるようにした方がよいでしょう。

神社本庁の民主主義

支部で集まって支部の代表を決め、支部の代表が集まって都道府県神社庁長が選出される。都道府県神社庁から選出された評議員が集まって理事を選出する。理事が集まって総長を議決する。このように役員会の議決は間接民主制によって示された神社界の総意なのです。役員会の議決というのはそれだけ重いものであり、覆すのは決して容易ではありません。

また各神社・神職の要望は「支部神社庁評議員会ー役員会」という手順で神社本庁に反映されるシステムになっています。言い換えれば、正規の手順を踏まずになされた要望・陳情を役員が顧みる義務はありません。昨今はネットやSNSでの意見交換が盛んですが、要望や陳情は支部を通じて提出せねば取り上げられることはありませんし、支部都道府県神社庁で賛同者を募る努力をした方が自身の意見を神社本庁に届ける着実な方法です。