神道研究室

在野の神道研究者が神社の問題に鋭く切り込みます

『東神』読後評

東京都神社庁による続報

東京都神社庁の職員による金銭上の非違行為について、①『週刊現代』2023年3月11・18日合併号、②藤原登「明らかになってきた田中・打田一派の卑劣極まる手口の数々!-正常化陣営は、神社本庁再生の理念を堂々と掲げよ(後)」(月刊『レコンキスタ』令和5年3月1日号)は非違行為を小野貴嗣庁長が隠蔽・封印しようとしているのではないかという巷の声を紹介しました。

全国約8万の神社を束ねる「神社本庁」で「2人の総長の闘い」が勃発中…傘下の東京都神社庁で幹部が巨額の金銭使い込み(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社

明らかになってきた田中・打田一派の卑劣極まる手口の数々!|自浄.jp

 

しかし、続報として、令和5年2月28日の東京都神社庁「協議員会」で当該職員の解雇について報告したと東京都神社庁の庁報(神社庁が発行する会報)『東神』(令和5年3月20日号)で報じられました。

神社庁の役員は「協議員会」で選任することになっています(神社本庁庁規第64条)。その協議員会で報告し、しかも会報誌で広く周知しているのですから小野貴嗣庁長に隠蔽・封印する意図がないことが明白になりました。

プライバシーと名誉の問題

協議員会での説明に際し、副庁長はプライバシーや個人の名誉に関わる部分が含まれるため、それらに考慮しつつ説明すると前置きしました。

これに対し、ネット上では以下のような意見も見られます。

感情論としては理解できなくもないのですが、懲戒処分を受けた人間の名前を社内で公開するだけでも名誉毀損で訴えられることがありますから、副庁長の対応はコンプライアンスとして正しいです。

要するに非違行為した人物の実名をネット上でさらしたり、公表したりしたら名誉毀損で訴えられるリスクがあるということです。

【参照】懲戒処分を社内で公開することは名誉棄損やプライバシー侵害になる? | 福岡で企業法務に強い顧問弁護士に相談|たくみ法律事務所

実名の公表に限らず、違法行為をした人物に対し個人で制裁することは法的にアウトです。例えば賽銭箱から小銭を盗んだ神職宮司が鉄拳制裁したとします。賽銭を盗む行為も犯罪ですが、鉄拳制裁も犯罪(暴行)であり、殴られた神職から訴えられたら宮司が負けます。

退職金不支給は簡単ではない

まず解雇には3種類あります。

  1. 普通解雇
  2. 整理解雇(リストラ)
  3. 懲戒解雇

『東神』によれば今回は「普通解雇」です。そのため現時点においては退職金を払う必要があります。

ここまで聞いて「退職金を払う必要はない。懲戒解雇にすべきだ」と怒る人もいるかもしれませんが、まず「懲戒解雇なら退職金を全額支払わなくてもいい」という認識が間違っています。

【参照】https://xn--zqs94l5txojrx6ad4af34c.jp/74

懲戒解雇で退職金を払わなくていいのは、「今までの功績<懲戒の理由」の場合だけです。退職金を受け取るのは労働者の権利であり、その権利を放棄させるには相応の理由が必要になります。だから「今までの功績>懲戒の理由」だと退職金の減額はできますが、退職金を全く払わないということはできません。

今回のケースだと非違行為の総額によって、「今までの功績<懲戒の理由」(退職金を払わない)なのか「今までの功績>懲戒の理由」(退職金を払う)なのかが決まります。そして退職・解雇したあとに「懲戒処分に相当する事実が見つかったので退職金は不支給とします」という処分もできます。かつ東京都神社庁は1月17日に解雇した職員の退職金を2月28日時点でまだ支払っていません。

以上から、東京都神社庁は非違行為に対する処分として退職金を不支給(あるいは減額)にするつもりで退職金の支払いを調査完了まで延期していると考えられます。

なぜ普通解雇にしたか?

調査が終わってから懲戒解雇すればいいではないかという意見もあるかもしれませんが、調査期間が長引くことが予想されますし、調査期間中に神社庁に出入りして証拠の隠滅を図られても困るので、早い時点で神社庁への出入りを禁止することが最優先です。

出入りを禁止するだけなら自宅待機でもよいではないかと思うかもしれませんが、自宅待機だとその期間中の給料を支払わないといけません。それは都内の神社関係者が納得しないでしょうから「解雇」せざるを得ない。

かといって「懲戒解雇」するのも簡単ではありません。違法行為をした相手でも、手順を踏まないと不当解雇で逆に訴えられて負けることがあります。この点、神社・神社庁就業規則が古いままで懲戒解雇するための規則整備が遅れている感があります。

【参照】従業員の業務上横領での懲戒解雇に関する注意点!支払誓約書の雛形付き - 咲くやこの花法律事務所

【参照】懲戒処分の争い(トラブル)について | 労働トラブル(会社側・労働者側)で経験豊富な弁護士をお探しなら「弁護士法人戸田労務経営」

そもそも「普通解雇」したあとで退職金を返還請求・減額・不支給できるのですから、神社庁が訴えられるリスクを冒してまで「懲戒解雇」に拘るメリットはありません。本人への罰にならないじゃないかという意見もあると思いますが、「普通解雇」も決して軽い処分ではありません。少なくとも「依願退職」を認められなかったという時点で、本人の再就職には悪影響がでます。

このように東京都神社庁が不当解雇で訴えられないために「普通解雇」にしたのは合理的な理由があります。

対応に怠慢があるのか?

また次のような意見もあります。

しかし、東京都神社庁は「現時点では神社本庁に報告していない」と言っているのであって、「神社本庁に報告するつもりはない」とは言っていません。今はしていないが、あとで報告する可能性があるから、わざわざ「現時点では」と前置きしているのです。

そもそも今回の事案は調査が完了していません。追加・修正があるかもしれない調査途中の情報を報告して、その中途半端な情報で進退や懲戒といった処分を決定するのはトラブルのもとになります。また、きちんと調査をして正確な情報を報告しなければならないと考えるのが統理を尊重する姿勢だと思います。

現時点において神職として奉仕していることについても、当該人物の奉仕する神社の都合(当該人物が宮司だった場合に後任はいるのか?)、氏子総代・責任役員の意向を踏まえた上で議論すべきことでしょう。

東京都神社庁は行動に移す前に入念に調査しているだけであって、それを「職務怠慢」と評価するのは妥当ではないと思います。

進退規則

という意見もありますが、次のような疑義があります。

  • 「ただちに」とか期限を示す文言がないため調査完了後に報告しても規定違反にはならないのではないでしょうか。
  • 「職員として適当でない」ということを立証するために全容解明が必要なのではないでしょうか。
  • 当該職員の「解雇」を告げる書類が神社本庁へ提出されていれば報告義務は果たしているのではないでしょうか

いずれにせよ、『東神』で広く周知しているのですから東京都神社庁に隠蔽する意図はないことは明らかです。

あと「職員として適当ではない」という規定は、表現が曖昧であり、パワハラ防止・不当解雇防止のためにもその職員のどのような点が職員として適当でないかをきちんと立証する必要があります。そのために調査は入念にしないといけません。あと、こうした曖昧な規程はパワハラ防止・不当解雇防止のためにより具体的な条文に是正していくのが世間の流れであり、神社本庁も改正に取り組んだ方がよいと思います。

現時点で神社本庁が報告書が必要であるならば書類1枚だせば解決することです。少なくとも統理宛の報告をしていない東京都神社庁長は職務怠慢でけしからんと責めるような問題ではないでしょう。

『東神』を読む限り

発覚から解雇まで、会計帳簿の確認、証拠の確保、本人への事情聴取、弁護士への相談、役員での協議などやらないといけないことがたくさんあります。しかも、今回の発覚は令和4年12月15日で、そこに神社にとって忙しい年末年始を挟んで、令和5年1月17日に解雇処分したというのは「迅速な対応」と評価してよいと思います。

しかも東京都神社庁は都内の役員・神職だけではなく、他の神社庁や総代も見ることができる『東神』という会報誌で協議員会の結果を報告しています。小野神社庁長の姿勢は隠蔽・封印とは真逆です。

協議員会の報告・協議内容も全容解明につとめながら再発防止策を検討するもので非常に建設的なものであり、さらに協議員からも鋭い意見が出されています。

未然に防止するのが理想だということは申すまでもないですし、全容解明した後にどのような対応をするかが重要ですが、現時点における対応としては公正迅速なものとして評価してもよいのではないでしょうか。