神道研究室

在野の神道研究者が神社の問題に鋭く切り込みます

懲戒処分って簡単ではないですよ

ご質問

東京都神社庁で発生した金銭上の非違行為(横領)疑惑に関する私の記事(「東洋経済」オンライン読後評 - 神道研究室)に以下のような質問が寄せられました。

まず疑惑の職員を出勤停止にして、証拠が集まったら被害届を出す。そうすればあとは警察が捜査してくれるので、その結果に応じて懲戒処分すれば手っ取り早く解決するんじゃないですか?

今回は上記ご質問に回答したいと思います。

自宅待機と出勤停止

まず横領疑惑を見つけたら、隠蔽工作をされないように、疑惑の職員が会計帳簿やパソコンなどに触れることができないようにしないといけません。一番確実な方法は職場への出入り禁止にすることです。

職場への出入りを禁止する方法としては次の2種類があります。

  1. 「自宅待機」・・・業務命令として自宅に待機させる。業務に従っているので賃金の支払い義務が生じる(多少の減額は可能)。
  2. 「出勤停止」・・・懲戒処分として就業を禁止し、賃金は支払わない。

自宅待機を命じるときの注意点! 給与の取り扱い・出勤停止との違いなど|企業法務コラム|顧問弁護士・企業法務ならベリーベスト法律事務所

つまり疑惑の職員を「自宅待機」させた場合、懲戒免職するまでの間の給与を支払う義務が生じます。質問者は給与を支払わなくてもよい「出勤停止」にして、あとで「懲戒免職」すればよいと考えているようですが、それは法律的にできません。

一事不再理の原則

なぜならば同じ理由で懲戒処分できるのは一度きりだからです。これを「一事不再理」とか「二重処分の禁止」と呼びます。

隠蔽ができないように「出勤停止」という懲戒処分をして、横領の証拠が集まったら「懲戒免職」するというのは二重処分になってしまうのでできません。

「譴責処分」にした後で「あいつ反省してないから追加で減給しよう」というのも二重処分になってしまうのでNGです。

横領が発覚した従業員、2度にわたり懲戒処分を行ったらどうなる? | ベンチャーサポートグループ

就業規則にない懲戒処分はできない

そもそも東京都神社庁の「就業規則」などに「出勤停止」という処分が書かれていない場合、「出勤停止」処分を下すことはできません。「懲戒処分」というのは規則に定められている種類のなかから選ばないといけないのです。

ちなみに神社本庁の「懲戒規程」には「譴責」、「戒告」、「休職」、「神職身分終身保有の取消」、「神職身分の降級」、「神職身分昇給の凍結」、「表彰の取消」、「免職」、「継承若しくは照合の取消」、「階位の取消」、「その他必要と認められる処分」だけで「出勤停止」はありません。

「その他必要と認められる処分」とは「何でもあり」ではなく、ほとんど使用できない規定と考えた方がいいでしょう。なぜならば「その他必要として認められる処分」として「出勤停止」処分を下した場合、相手から「出勤停止は明文化されていないので懲戒権の濫用だ」と訴えられる可能性が高いからです。

東京都神社庁の懲戒規程に「出勤停止」があるかは知りませんが、二重処分はできないことと就業規則に定めのない処分はできないということは職員を雇っている神社の宮司なら知っておくべき事項でしょう。

出勤停止は無制限にできない

「出勤停止」が就業規則に定められていても、期間に上限があることが多いです。期間の上限が定められていなくても、無限に出勤停止ができる訳ではありません。

「出勤停止」は給料が支払われないので重い処分と認識されています。そのため長期間に及ぶと「懲戒権の濫用だ」と訴えられて処分無効となる可能性もあります。

出勤停止の処分とは?期間の目安や給与についてを徹底解説 - 咲くやこの花法律事務所

警察に丸投げはできない

警察署に行って「うちの職員の〇〇が横領しているみたいです」と相談すれば、犯行の手口や被害総額は警察が調べてくれると質問者は考えているようですが、警察に丸投げはできません。

なぜならば被害届や告訴状には「誰が」「どのような方法で」「いくらを横領したか」を書かないといけないからです。だから東京都神社庁が自分で被害総額を調べないと被害届も出せない訳です。

さらに警察は確実に有罪にできる証拠のある部分しか認定しません。被害者の申告金額をそのまま警察が採用することはありません。警察が認定する被害金額というのは弁償金額にも影響します。もし「東京都神社庁は約3150万円の横領があったと言っているけど、確実な証拠があるのは2000万円だけだね」と捜査機関が判断し、それで裁判が確定してしまったら東京都神社庁に弁済される金額が減る可能性もあるのです。

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だから刑事告訴する前に裏付けとなる証拠を徹底的に集めた上で被害届や告訴状を出した方が被害金額を回収できる訳です。

横領された東京都神社庁のお金は、都内の神社関係者が神社神道の振興のために納めた大切なお金です。だからこそ1円でも漏らすことなく回収しなくてはならない。被害届の提出が遅いという意見が多いようですが、1月の時点で被害届を出していたら、弁償金額も1900万円相応に留まった可能性がある訳ですから、5月まで調査した東京都神社庁の判断は成果があったといえるでしょう。

懲戒処分を軽く考えてはいけない

横領した社員を解雇したが、証拠が不十分だったので裁判で不当解雇と認定され、社員を復職させ、会社が数百万円を支払った。このような判例もある訳ですから、横領の調査は確証を得るまでやらないといけませんし、懲戒処分とはルールに基づき、適正な手続きを踏んで行わないといけません。