『東洋経済』野中大樹記者による分析
東京都神社にて発生した職員(M氏)による業務上横領疑惑について、『東洋経済』の野中大樹記者が下記リンクのように報じています。
神社庁幹部による約3000万円の「横領」が発覚 | 災害・事件・裁判 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース
この記事の中で野中記者は神社庁における対応が遅いと批判し、その理由を次のように分析しています。
こうした中、約3000万円もの金を横領していながら東京都神社庁の態度が煮え切らないのは、実は理由がある。それは、M氏が田中氏を支持する神社本庁の中枢と結びついているからだ。
今回はこの分析が正しいのかどうかについて検証したいと思います。
都道府県神社庁は少数精鋭
まず神社庁は役員と事務方で構成されます。
過去の報道を見る限り、M氏は都内の宮司ですが、役員として選出されたのではなく、事務方で雇われているようです。つまり兼業ということです。
神社庁の意思決定は役員(その都道府県内の神職)の合議により決定しますが、日常業務や決定した内容の施行は事務方によって行われるのが一般的です。
(例)
- 役員会で「Aという冊子を都内の神社に配ろう」と決定すれば、事務方が発送作業をする。
- 都内の神社から上がってきた申請を事務方で確認し、起案して役員の決裁をもらい、神社本庁へ進達する。
このように役員は決裁するだけで実務は事務方だけで回しているというのが実情です。この関係は神社本庁の役員・職員の関係に似ていますが、神社本庁と都道府県神社庁で決定的に異なるのは人数です。神社本庁が50人以上の大所帯なのに対して、都道府県神社庁は参事、主事、録事の3名に神職資格のない事務員が2名ほどいて合計5名も正職員がいれば神社庁としては大きな部類でしょう。
そうすると仕事の分担も神社本庁とは異なります。神社本庁では神宮奉賛活動、法人事務、神職の任免、資格の授与、教化、役員秘書などの部署ごとに仕事が分かれていますが、少人数の神社庁ではそんなことはできないのであらゆる分野の仕事をしなくてはいけません。
都道府県神社庁は少ない人数で膨大な量の仕事をしているという点は神社に興味のある方には覚えておいていただきたいと思います。
神社庁の運転手は固定化しやすい
野中記者は
その2人の後ろから姿を現したのが運転をしていたM氏だ。小野氏の出張に同行するなど行動を共にすることが多く、
と業務上横領の疑惑のあるM氏が小野貴嗣・東京都神社庁長と特別に親しいかのように述べていますが、どこの神社庁も専属の運転手を雇う金銭的余裕はないので、少ない神社庁職員のなかから交代で運転手を務めることになります。東京都神社庁の場合、運転手ができるのはM氏を含めて数名しかいないでしょう。M氏が高い確率で運転手を命じられるのは何ら不思議ではありません。
さらにM氏以外の職員が運転が得意でなかった場合、庁長がM氏に運転手を命じる確率が高まります。こうしたことから運転技術の高い神社庁職員が庁長の運転手兼随行として固定化するのは全国的に珍しい現象ではなく、M氏が小野庁長の出張に同行するのが多かったことは、小野庁長がM氏の運転技能に一定の評価を与えていたことの証拠にはなりますが、M氏と小野庁長が特別に親しい関係であることの証拠にはなりません。
調査内容を伏せるのは当たり前でしょう
記事では次のような都内の神職の声を紹介しています。
都内の宮司は「この間、神社庁は『調査中』というばかりで横領の手口や、金が何に使われていたのかなど、ほとんど具体的には説明しなかった。警察に被害届けを出すと決めるまでにどうして5カ月もかかったのか」と首を傾げる。
一般的に横領事件の調査は容疑者に分からないように進めるのが鉄則です。調査途中でどこまで把握しているかを容疑者に知られてしまうと「口座Aはバレみたいだな。口座Aから横領したことは白状するが、口座Bは今のところバレてないのでしらばっくれよう」と隠蔽をされてしまいます。だから容疑者を徹底追及するためには、どこまで把握しているかの情報を一切伏せないといけません。
ここで一般企業と神社庁が決定的に異なるのは、都内の神職は何等かの形でM氏と関係があるということです。神社庁の業務で接点があったり、同窓だったり、青年会で交友があったりとM氏と全く接点のない都内の神職の方が少ないのではないでしょうか?そのため誰からM氏に漏れるかわからない。だから一貫して「調査中」と説明した東京都神社庁の対応は間違っていません。
横領事件の解決は時間がかかる
横領されたのに証拠が不十分で企業側が敗訴したという事例もあります。
社内で業務上横領が起きたときの証拠の集め方!4つのケースを解説 - 咲くやこの花法律事務所
今回の場合も、証拠が不十分だと不当解雇で逆に東京都神社庁が訴えられる可能性だってあります。だから証拠集めと事情聴取に漏れがあってはなりません。
情況的にM氏が会計を一手に担っていたようですから、すべての会計を精査するには決算書や通帳だけではなく、領収書や伝票まですべて調べなければなりません。それは膨大な作業量であり、時間がかかるのは当然です。
不正会計の証拠が集まったら終わりではなく、弁護士と相談しつつ、確実に損失を回収し、相手から不当解雇と訴えられないようにしながら処分を下さねばなりません。
役員は自分の神社の仕事をしながら、神社庁職員はただでさえ少ない職員が減った状態で神社庁の業務をまわしながら調査と対応をしないといけないのであり、5カ月という期間は決して長すぎるとはいえないでしょう。
さらに発覚が12月という神社にとって繁忙期を挟んだことを含めて考えれば、半年間でここまで結果を出した東京都神社庁の役職員は相当がんばっているといえるのではないでしょうか。
追及に手心はあったか?
野中記者は東京都神社庁の顧問弁護士が本件を担当していることについて、M氏と親しい人物が担当するのはおかしいと批判しています。
しかしながら、現在の報道では「顧問先の職員と顧問弁護士」以上の関係性を示す具体的な情報は示されていないのであり、当該弁護士が本件を受任することが不当であるとする論拠にはなりません。この弁護士がM氏個人と顧問契約を結んでいるのであれば別ですが、そのような報道は見られません。
さて最も重要なことですが、当初1900万円と言われていた不正会計について、3月に650万円、5月に600万円の追加不正疑惑が発覚しました。追加で疑惑が判明したことが東京都神社庁役職員、顧問弁護士がきちんと調査と追及をしていたという何よりの証拠です。きちんと追及して成果が出ているのです。
東京都神社庁内部の問題
もし東京都神社庁、小野庁長、顧問弁護士がM氏をかばっているなら約1250万円の追加不正疑惑は発覚しません。野中記者が田中支持派と断ずる小野氏によってM氏への追及が進んでいるのであり、本件が神社本庁内の対立と関わっているというのは憶測の域を脱しません。
M氏が神社本庁の中枢と結びつき、田中支持派が本件に関与していると主張するのであれば、①具体的にどのような関与をしたか、②その証拠は何か、この2つを示すべきでしょう。
あくまで東京都神社庁内の問題であり、神社本庁の評議員会で議論するような議題ではありません。無理に本庁問題と結びつけることで、本件の解明が遅れるのではないかと私は懸念しています。
最後に不正会計は明らかにされるべきですが、裁判して判決が下った訳ではありません。都内の神社関係者はM氏が誰か周知のことかもしれませんが、全国の神職、あるいは一般人にはM氏が誰かはわかりません。あくまで現時点では疑惑調査の段階であり、SNSでM氏の実名を晒したり、犯罪者扱いはしてはいけません。そういう意味で『東洋経済』が親族関係を記事にしたのは時期尚早だと思います。本庁との関係は憶測の域を脱しないのであり、親族関係は事件の実態解明にとって不可欠な情報ではありません。また本人の奉務神社や家族親族に対するいやがらせや誹謗中傷はあってはなりません。
東京都神社庁の調査、司法の判断を待つべきでしょう。