神道研究室

在野の神道研究者が神社の問題に鋭く切り込みます

明治神宮外苑は「コモンズ」か?

外苑再開発をめぐる議論

明治神宮外苑の再開発について、さまざまな意見がありますが、重要な論点に「外苑はコモンズか否か」があります。

「Commons」というのは共同で所有し管理する土地のことです。

今回は明治神宮外苑の開発の決定権が誰にあるのかという点について「コモンズ」の観点から考えたいと思います。

外苑の所有者はだれか?

まず外苑は明治神宮が所有し、管理する土地です。

本件を取材している篠田道秀氏(NHKラジオセンターディレクター)は次のように述べています。

その明治神宮ですが、実は日比谷公園の8倍ともいわれる広い敷地がありまして、その緑地や、そこにある重要文化財の維持・整備・管理に非常に多くの費用がかかっています。一般の公園だと行政の負担になるのですが、宗教法人が所有しているので明治神宮が負担しなくてはいけないことになっていて、野球場やラグビー場の改修費や工事費を出すには、これまで以上の収益を上げる何かが必要であるということも、今回の再開発で目指されていることの一つなんです。

公園はだれのもの~“日本初の風致地区”明治神宮外苑 再開発議論~|読むらじる。|NHKラジオ らじる★らじる

ここで重要なのは明治神宮が管理費を負担しているということです。

外苑は「コモンズ」だから再開発を再考すべきという意見

では次に外苑を「コモンズ」だと主張する意見を見ていきましょう。

東京都議のもり愛氏(都民ファーストの会 東京都議団)は経済思想家の斎藤幸平氏の講演を聞いたメモとしてブログに下記のように綴っています。

神宮外苑と云うコモンズが、資本主義が入ってくることによって、解体されようとしている

難しいのは、この土地が明治神宮の土地だが
先人たちから託されたもの。
クラウドファンディングなり、守るべき。

【コモンズとしての神宮外苑】伝統ある秩父宮ラグビー場・野球の聖地神宮を守る署名にご協力を❗️ | 大田区から東京大改革もり愛 オフィシャルブログ「まちに森ひとに愛」Powered by Ameba (ameblo.jp)

コモンズとして考える神宮外苑:経済思想家 斎藤幸平、冒頭の挨拶 元ラグビー日本代表 平尾剛 - YouTube

このような「外苑はみんなのものだ。だからみんなの意見を聞くべきだ」という意見は一見正しいように思えますが、はっきり言って外苑はみんなのもの(Commons)ではありません

外苑はコモンズか?

なぜならば膨大な維持費を明治神宮が負担しているからです。「みんなのもの」ならば維持費もみんなで負担するのが道理です。しかし、実際は明治神宮が管理を負担しています。つまりCommonsは相互扶助の関係で成り立っているので、利用者としての権利は主張するが維持管理の負担はしないというのは通用しません

行政の管理する公園に対して住民が権利を主張できるのは、維持費のもとである税金を納めているからです。しかし、明治神宮の外苑には税金で管理されている訳ではないので、都民(納税者)だからといって権利は主張できません。

このように「コモンズ」の議論では「誰が維持費などを負担しているのか?」が重要です。そして外苑の維持費を負担しているのは明治神宮です。

外苑を公有にしようという意見はなぜ出ない?

疑問なのは外苑の再開発に反対している政治家から、外苑を東京都が買い取って行政管理の公園にしようという意見が出てこないことです。東京都の公園になれば、都民の税金で管理され、すべての都民に権利があることになります。

実際、もり愛氏は斎藤幸平氏の講演を聞いたメモとしてブログで下記のように綴っています。

国土交通省、都の公表資料より推測できるが、(神宮外苑の管理費は)高々、年間2億円程度、維持費が大変と云うならば、公共で管理すれば大した金額ではない❗️

明治神宮の所有のまま公金を注入するのは憲法第89条で不可能ですので、この「公共」とは専ら有志からの募金を想定しているものと思われます。しかし、クラウドファンディングも簡単に集まるものではありません。ましてや年間2億円、それも毎年集めるのは至難の業です。同様にバブル時代ならともかく、現在の経済状況でスポンサー企業を探すというのも簡単ではありません。

それを誰が負担するのでしょうか?また募金した人も、募金していない人も外苑を利用できるのであれば不公平です。このようにクラウドファンディングやスポンサーで外苑を維持するという案には募金事務の負担とフリーライダーが考慮されていないという問題があります。

税金だったらそのような問題は発生しませんので、東京都が買い取って年間2億円の維持費を都が負担すればよいのではないでしょうか?

造営当時の理念に学べ

またNHKの篠田氏は次のような見解を示していますが、いくつか問題があります。

まず神宮外苑の土地に対しては、もともとはその当時、渋沢栄一が中心になって「明治神宮奉賛会」という組織が作られて、全国や海外から寄付を集め、それで土地を買って造営できたもので、それを明治神宮に献上しました。しかしそのとき、その「美観を永久に保全すること」を要請しており、地権者だから自由に開発していいというものではないということを指摘しています。

1つ目は外苑ができたときの明治神宮は公法人だったが、今は民間の宗教法人であるという点です。つまり、戦前と今では明治神宮の運営状況は全く異なるのであり、公法人であることをを前提とした渋沢らの要望を現代にそのまま要求できません。

2つ目は「再開発美観の破壊」ということです。当たり前ですが建物や設備は老朽化します。そして老朽化したものをそのまま放置するのは美観を保つためによいはずがありません。だから定期的に建て直しや大がかりな修繕が必要になります。現状の外見のまま耐震性を現代の基準にまで引き上げ、利便性を向上させる工事もできなくはないでしょうが、建て直した方が安上がりでしょう。つまり「再開発=美観の破壊」という主張には論拠が乏しい。

3つ目は外苑創建の理念の根幹は明治神宮崇敬を広めることだということです。

外苑は明治天皇昭憲皇太后を記念し、明治神宮崇敬の信念を深厚ならしめ、自然に国体上の精神を自覚せしむるの理念を基礎とし、一定の方針を以て設計造営せられたるものなるを以て(中略)今後、外苑内には明治神宮に関係なき建物の造営を遠慮すべきは勿論、広場を博覧会場等一時的使用するが如き事も無之様御注意あり度候

明治神宮外苑の「創建の趣旨」とは何か? - 神道研究室

渋沢らの意図は、明治天皇昭憲皇太后に対する尊崇の念を強めるような外苑であるべきというものであって、美観を保つというのはその手段にすぎません。

「外苑の造営当時の理念に学ぶ」=「明治神宮を崇敬しましょう」ということです。

もっといえば、外苑は明治神宮の崇敬(信仰)のための空間として創建されたということです。

明治神宮崇敬会

「コモンズ」に対し権利を主張できるのは負担をしてきた人だけです。

そして造営当時の理念を実践し、内苑・外苑を守ってきた「明治神宮崇敬会」という団体があります。

一般財団法人明治神宮崇敬会

詳しい歴史はHPをご確認下さい。渋沢栄一が中心となった「明神宮奉賛会」も、戦後復興のための「明治神宮復興奉賛会」も、昭和21年6月1日に設立された「明治神宮崇敬会」も全国民・都民の強制参加ではなく、有志によるものです。

そして創建されたあとも、明治神宮を崇敬する有志の人々の浄財・負担によって内苑・外苑は維持されてきたということも忘れてはいけません。

だから外苑の再開発に対し、「外苑は我々のコモンズだから我々の意見を聞け」と主張できるのは明治神宮崇敬会を中心とした崇敬者です。その明治神宮崇敬会の過半数が反対していないのであれば、「コモンズ」的にも外苑再開発は問題はないでしょう。