神道研究室

在野の神道研究者が神社の問題に鋭く切り込みます

神社本庁職舎売却をめぐる背任疑惑を裁判所はどう判断したか

最高裁での敗訴は背任認定を意味しない

令和4年4月、神社本庁最高裁で敗訴したことがニュースになりました。

神社本庁処分、無効確定 内部告発の元幹部ら - 産経ニュース

このニュースにより神社本庁の職舎売却に背任行為があったと裁判所が認めたと誤解している人もいるようですが、それは違います。この裁判は背任行為があったと通報し、後に懲戒処分を受けた職員を「公益通報者保護法」により救済(=懲戒処分を無効)するための裁判であり、神社本庁が敗訴したからといって背任行為が司法によって認定された訳ではありません。むしろ裁判所は背任疑惑を認められないと判断しています。

通報者の保護

この裁判では「通報者の保護」が重要キーワードになります。なぜ通報者を保護しないといけないか例え話をしましょう。

サラリーマンAが社長に「同僚Bが横領している」と告発した。しかし、調査したら横領の事実はなかった。濡れ衣を着せられたBは怒ってAを処分してくれと社長に訴えた。

あなたが社長ならどうしますか?

ここで重要なのは、Aがどういうつもりで「Bが横領している」と言ったかです。もしBのことが嫌いで横領なんてないと知りながら社長に言ってきたのであれば悪質です。何らかの処分を検討しないといけないでしょう。しかし、Aが本当に「Bが横領している」と信じていて会社を守ろうという正義感から告発したのであれば、Aを保護してあげないとこれから勇気を出して不正を通報してくれる社員はいなくなってしまいます。

こうした趣旨から通報者を保護する法律である「公益通報者保護法」があります。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=416AC0000000122_20220601_502AC0000000051

 

裁判所の背任疑惑に対する判断

判決の全文

この裁判の判決はすでに公開されています。

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

【事件番号】平成29年(ワ)第35106号

【事件名】地位確認等請求事件

【裁判年月日】令和3年3月18日

【裁判所名】東京地方裁判所

裁判の構成

  1. 神社本庁の部長であった原告A1が背任疑惑を告発
  2. 神社本庁が原告A1を懲戒解雇する
  3. 原告A1が神社本庁を訴える

この裁判は

原告「懲戒処分は不当である」

被告「懲戒処分は正当である」

という争いであって、背任疑惑を裁くことが主たる目的ではありません。

しかしながら、上述のサラリーマンの例にあるように、どういうつもりで告発したかという点を確認しないといけません。そのため

  • 背任疑惑は事実なのか
  • 背任疑惑が事実でなかったとして、通報者が純粋な気持ちから通報したのか

という確認をする必要があります。そのため背任疑惑についても検討がなされています。

背任疑惑に対する裁判所の判断

結論から言えば、裁判所は神社本庁幹部の「背任行為は認められないこと」(68p)と判断しています。取引に反省すべき点があることは指摘していますが、結論としては神社本庁幹部による背任と認められないと判断しています。

不正を告発した文書についても「本件文書の内容について,真実であるとの証明がされたとは認められない。」と評価しています。

検察も不起訴処分

判決には「神職らは,令和2年6月,百合丘職舎の売却に関し,H総長を背任で告発したが,同年9月4日,東京地方検察庁は,不起訴処分とした」(54p)ということも明記してあります。

これはほとんど報道されませんでしたが、実際に告発した神職がいたのです。

裁判所は背任疑惑を認めず

このように裁判所は背任行為があったとは認めていません。検察も不起訴にしています。

ではどうして原告が勝訴したかというと、それは背任行為の有無が争点ではなく、懲戒処分が妥当かどうかの裁判だったからです。

要するに裁判所が判決で言っていることは「背任行為があったと認めることはできないけど、正義感から告発した原告を懲戒解雇にするのはやりすぎだから懲戒処分は無効だ」ということです。

なぜ最高裁まで長引いたか

「真実であると信じるに足りる相当の理由がある」の誤読が原因

第1審で背任行為は認定されなかったのですが、判決にある「真実であると信じるに足りる相当の理由がある」を誤読し、裁判所が背任を事実と認めたと誤認する人が大勢いました。

「真実であると信じるに足りる相当の理由がある」というのは「事実じゃないけど、事実と誤解しちゃっても仕方ない状況だった」という意味です。背任行為があったと認定する表現ではありません。

【参照】

事実の内容で名誉毀損が認められる理由とは?成立しない3つの条件|IT弁護士ナビ

「誤解しても仕方のない状況だった」から公益通報者保護法により「誤信した通報者を許してあげようよ」という結論になる訳です。

 

「背任行為が事実だった」という誤解が広まってしまった被告サイドは「やっぱり勝訴しないと身の潔白を証明できないのか」と精神的に追い詰められることになります。そのため裁判が継続することになります。

救済されるべきは

裁判において原告A1、原告A2が害意をもって告発したのではないことが認定された訳ですから、被告(原告以外の神社本庁役職員)もわだかまりなく、彼らを復帰させて補償をし、名誉や社会的信用の回復に組織として努めなくてはなりません。

同時に、裁判所は「背任行為は認められないこと」としているので、背任疑惑をかけられた人々の名誉回復も図らなくてはなりません。彼らも社会的信用を損なわれたのですから。

原告は勿論のこと、背任疑惑をかけられた人々も救済されるべき対象です。

疑惑による被害

実際に裁判所は背任行為の嫌疑をかけられた人々の社会的信用が損なわれた点も指摘しています。

また本人だけではなく、家族が誹謗中傷を受けたり、就職や結婚に悪影響をこうむったり、いじめにあっているかもしれません。勿論、それは被告側だけではなく、原告の家族が蒙った悪影響についても配慮すべきです。

裁判所が背任疑惑を認めなかったのですから、疑惑による被害を止めるためにも神社本庁は「背任疑惑は晴らされた」と内外に宣言し、全ての関係者の名誉回復を急ぐべきでしょう。

疑惑を晴らすことで次に進める

もし「背任しているだろ」と言われたらどうしますか?

誰しも自分や家族を守るために背任疑惑が完全に晴らされることを望みます。

検察で不起訴になっても、「真実であると信じるに足りる相当の理由があるから疑惑は晴れていない」と誤解している人がたくさんいる状況では怖くてしかたがないでしょう。

客観的に見て、田中氏は退任したくても濡れ衣を着せられたままなので退任できないという状況にいます。

このような状況では、同じ退任するにしても「背任疑惑があるから退任すべきだ」と「在任期間が長いので後進に譲るべきだ」では本人および関係者が蒙る被害には天地の差があります。そのため田中氏にとって退任理由は非常に重要であり、退任理由を曖昧にしたまま退任を迫っても首肯できるはずがありません。

そのため裁判所が背任行為を認めなかったことをはっきりと宣言することで、状況は大きく変わります。硬直した総長人事も動くと思いますし、何より道義的に救済は至急なされるべきです。