神道研究室

在野の神道研究者が神社の問題に鋭く切り込みます

明治神宮外苑の「創建の趣旨」とは何か?

外苑再開発をめぐる議論

今回は森まゆみ氏の「神宮外苑は「創建の趣旨」に立ち返れ」(『世界』964号所収)に対する神道学の観点からの批評です。

森氏は作家で、再開発に反対の「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」の共同代表でもあり、それに関する著作も刊行しています。

森氏の論にはいくつかの事実誤認が確認できます。

外苑創建の趣旨とは何か?

当該論文には「これが外苑創建の趣旨だ」とはっきり書いてある部分はないのですが、次の2か所がそれに該当すると思います。

明治神宮に奉献する際の「将来の希望」には、「これからも明治神宮に関係ない建物の造営はしない。博覧会などの会場に使わない。清浄と美観を保つ」という内容の一札が奉賛会の会長・副会長名で入っている。(45p)

 

神宮外苑は「公衆の優遊」のために作られた公園であり、風致地区であり、再開発や利潤追求のための場ではない(53p)

外苑は大正時代に明治神宮奉賛会という民間団体が国民からの募金やボランティアでつくって、それを明治神宮に寄付したものです。その中心人物が渋沢栄一です。森氏のいう「将来の希望」というのは、完成した外苑を引き渡す際に明治神宮奉賛会が明治神宮宮司に「自分たちはこういう志でつくったので、その趣旨を守ってほしい」と要望した文書です。

その「外苑将来の希望」には次のように書かれています。

外苑は明治天皇昭憲皇太后を記念し、明治神宮崇敬の信念を深厚ならしめ、自然に国体上の精神を自覚せしむるの理念を基礎とし、一定の方針を以て設計造営せられたるものなるを以て(中略)今後、外苑内には明治神宮に関係なき建物の造営を遠慮すべきは勿論、広場を博覧会場等一時的使用するが如き事も無之様御注意あり度候

                        越沢明(2001)参照                  

この文章には①明治天皇及び昭憲皇太后を記念する、②明治神宮崇敬の信念を深める、③国体精神を自覚させる、以上3つの理念で外苑を造営したと断言しています。

明治神宮に関係のない建物は造営しないとか博覧会などの会場につかわないなどはその理念を守るための手段として書かれているに過ぎません。

また「公衆の優遊」は『明治神宮造営誌』に書かれた外苑の目的「樹林泉地を設け、公衆の優遊に任せ、各種の建築を起し、以て永く祭神の盛徳鴻業を偲び、明治聖代を記念せん」を引用したものだと思います。これも「公衆の優遊」は手段で、明治天皇昭憲皇太后を称えることが外苑の創建の趣旨だと解釈すべきでしょう。

外苑創建の趣旨に立ち返るとは何か

外苑を創建した人々にとって「創建の趣旨」とは明治天皇昭憲皇太后の偉大さを永遠に語り継ぎ、国民が明治神宮を崇敬し、国体(皇室)を敬う精神が広まることでした。

外苑創建の趣旨に立ち返り、明治神宮外苑を次世代に継承するのであれば、樹木や建物だけではなく、明治天皇を顕彰するという精神も継承せねばなりません。

当該論文の冒頭で、森氏は神宮前や表参道が明治神宮に因んだ地名であることを知らない、明治神宮の祭神が誰であるかを知らない人も多いと述べていますが、そうしたことがないように明治天皇を顕彰することが外苑「創建の趣旨」です。

事実誤認と誤解を招きかねない表現

他にもいくつか事実誤認や読者の誤解を招きかねない表現があるので指摘します。

①外苑払い下げ

森氏は敗戦後に米軍に接収された外苑が独立後に一旦は国に返還されて、さらに国から明治神宮に払い下げられたことについて「国に返還された神宮外苑の土地は市価の半額で払い下げられた」(46p)と述べます。これだけでは「半額」は安いのか、高いのか読者は判断に困ります。国有境内地処分の趣旨(売払だけではなく譲与も認めている)から考えて、もともと明治神宮に寄付された土地なので無償でもよかったはずだが、市価の半額も払わねばならなかったと評価するのが妥当です。

②三井ガーデンホテル神宮外苑の杜プレミア

森氏は同ホテルについて「どうやって明治神宮からこの土地を入手したのか」と疑問を呈していますが、ホテルの土地は三井不動産明治神宮から定期借地で賃貸していると公表されています。ニュースにもなっていることですから反対運動の共同代表である森氏が知らないことはないと思うのですが。

関東大震災

森氏は「関東大震災では神宮外苑は市民の避難所として機能した」(53p)と述べていますが、関東大震災は1923年、外苑の竣工奉献式は1926年です。つまり工事を中断して地震の避難所としたのであり、完成後に避難所にしたのではありません。

疑問点

①大正時代も都市開発の意識があった

森氏は大正時代にはそうした都市開発の意図がなかったと認識しているように見受けられますが、大正時代の東京の実業界が青山練兵場が外苑になることで都市開発につながると期待していたことを指摘する研究もあります。

「明治神宮をつくった男」渋沢栄一の葛藤 - 平山昇|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

これについては「外苑によって明治天皇を称えることもできるし、市民のレクレーションの場もできるし、周辺地域が発展する」と一石三鳥を狙う考え方もあり得たと私は考えます。

②行政の役割を宗教法人に負わすべきか

明治神宮外苑は宗教法人である明治神宮が大半を所有・管理しています。森氏は「都心の樹木伐採は気候変動の中の近年の夏の灼熱地獄を思えば、どれほど愚かしいことかはわかるだろう」(53p)、「東京に必ず訪れるといわれる直下型地震の際の神宮外苑の機能についても、深慮が必要である」(53p)と述べますが、都内の環境保護や避難所の確保という行政が担うべき役割を一つの宗教法人に負わすべきではないでしょう。

そもそも関東大震災に避難所になった際の外苑は公有地であり、現在は明治神宮の管理する土地なのだから避難所として使用する際には明治神宮の同意を必要とすることは留意すべきです(公共の福祉の観点から明治神宮は協力するであろうとは予想できる)。

開発は神道の精神に反するか?

森氏は桃山御陵の自然と比較して「なぜ東京では神宮外苑の樹木をこんなに伐ってしまうのだろう」(53p)と述べています。また三輪山とも比較しています。

これは比較対象として適切ではありません。

一般にはほとんど知られていませんが、明治神宮の杜はいくつかの区域にわけて設計されています。三輪山に相当するのは本殿に隣接する区域、御陵の自然に相当するのは内苑であり、外苑は全く異なるコンセプトで設計されています。もちろん管理計画もそれぞれ異なります。

この区域を分類する方法を「ゾーニング」といいます。

例えば、明治神宮の杜をつくった中心人物の一人である上原敬二の「ゾーニング」理論では神社の林を「神社境内林」、「神社風致林」、「社有林」、「外苑」、「神體林」と分類しています。

したがって「外苑を三輪山と同じ水準で守れ」というのは設計者の意図に明らかに反します。

境内の木の伐採

世の中には境内の木を一本も伐らないのが神道であるかのように誤解している人がいますが、間伐や枯損木の処理など一本も伐らないで境内を管理するのは不可能です。

むしろ計画的な伐採は盛んに行われました。上原の「社有林」は神社の修理費捻出や材木として使用するために営林したものであり、江戸時代以前から境内の樹木を伐採して材木にした例はたくさんあります。

ネット上で「境内の木は神木だから伐るな」という意見も目にしますが、神木というのは本殿のない神社において霊代に相当する樹木、あるいは祭神と特別な関係があり、伐ってはならないと伝えられる特別な樹木のことであって、境内のすべての木が神木なのではありません。

神道における自然保護とは、樹木を一本も伐らないことではなく、伐るべきときに伐り、無暗に伐らないことです。

明治天皇の聖徳を伝えるための公園

上原は「外苑」の樹木は公園と同じ設計・管理方法でよいと述べています。「外苑将来の希望」と合わせて考えると「外苑」とは明治天皇の聖徳を永遠に伝えるための公園と定義していいでしょう。要するに訪れた人に「明治天皇ってすごい」と思わせるのが外苑がつくられた主たる目的です。

1873年に日本の公園制度はできましたが、当時は名所旧跡に「公園」という名前を冠しただけでした。そこから整備が進み、さらに日比谷公園などの近代的な公園が建設されました。昭和から令和にかけても安全の観点から姿を消した遊具があったり、日々進歩しています。他の公園が整備されていったことで、設備の老朽化した外苑が相対的にみすぼらしく見えるようであれば、明治天皇の聖徳を伝えるという「創建の趣旨」に反する訳ですからどんどん改修すべきでしょう。

当然、これまでも何度も改修がなされ、新しい設備が出現してきました。今の外苑は完成した当時のままではないのです。そして2026年には竣工100年を迎えます。そろそろ大規模な改修をしてよい時期だと思います。

もちろん、無暗に樹木を伐採すべきではないと思いますので、適切な計画なのかについて議論はされるべきでしょう。しかし、目指すべき外苑の基準は「明治天皇昭憲皇太后を記念し、明治神宮崇敬の信念を深厚ならしめ、自然に国体上の精神を自覚せしむるの理念」でなければ、「創建の趣旨」に反することになります。

 

【参考文献】

森まゆみ(2022).「神宮外苑は「創建の趣旨」に立ち返れ」『世界』964号,pp.43-53.

越沢明(2001).『東京都市計画物語』,pp.379.

田中伸彦(2016).「明治神宮のレガシーと東京オリンピックパラリンピック」『森林環境』,pp.131-141.

河村忠伸(2017).『近現代神道の法制的研究』.

今泉宜子(2013).『明治神宮-「伝統」を創った大プロジェクト』.