神道研究室

在野の神道研究者が神社の問題に鋭く切り込みます

神道は女系天皇を認めないのか

男系と女系

すでに知っている人がほとんどでしょうが、確認のために整理すると

  • 男系・・・父親が皇族
  • 女系・・・母親が皇族

このうち皇位を継承できる(=天皇になれる)のは男系男子だけです。

【参考法令】

昭和22年法律第3号「皇室典範

第1条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。

 

神道は女系継承を否定しているのか

社家の家系図を見ていくと、娘しかおらず婿取り婚をした女系継承は珍しくありません。ましてや戦後は女性が宮司になることができるようになりましたので、社家の一人娘が宮司になり、サラリーマンと結婚したというケースもあります。その神社が忙しくて会社を辞めて神職になってほしいということもあれば、人手は足りているから結婚相手は神職資格を取得しないということもあります。

このように社家で女系継承が認められていますし、養子というケースも珍しくないので神道そのものが「男系男子」しか認めていないということはありません。

つまり「男系男子」というのは神道のルールではなく、皇室だけのルールです。

 

2つの皇室典範

男系男子しか天皇になれないというルールをはじめて明文化したのは、戦前の「皇室典範」第1条の「大日本國皇位 宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ繼承ス」です。ここで注意しないといけないのは、「皇室典範」という法令は戦前バージョンと戦後バージョンの2種類があるということです。

 

戦後バージョンの「皇室典範」は国会で議決したものですが、戦前バージョンの「皇室典範」(旧皇室典範)は帝国議会で決めたものではありません。戦前は皇族の範囲、葬儀、結婚に伴う儀式といった皇室内部のルールは、皇族で会議して天皇が決めていました。これを宮務法といい、旧皇室典範を根拠法としていくつかの「皇室令」が制定されました。ただし皇室内のルールなら何でも自由に決められるというものではなく、関係大臣の副署を必要としました。

これに対し大日本帝国憲法に基づき帝国議会で議決される法令を国務法といいます。

 

この旧皇室典範皇室令終戦時に全て廃止され、戦後に国会で新しく制定されたのが現在の「皇室典範」です。

皇室典範」は新しい法律ができましたが、即位、結婚、葬儀などの諸儀式に関する法律は未だ制定されていません。とりあえず戦前のルールを踏襲しようという曖昧な状況が続いています。だから御代替などの度に議論が紛糾するのです。そうした紛糾を止めるためには、終戦時に失効したけど、代わりの法律が制定されていない皇室令をどうしていくか国民的議論をしていかないといけません。

 

なぜ男系男子か

男系男子であるべきという論者は

  1. 男系男子によってY染色体が継承される
  2. 皇室は一貫して男系男子で継承してきた(つまり皇室の伝統である)

という理由を述べています。

【参考文献】八木秀次『本当に女帝を認めてもいいのか』(洋泉社、2005年)

 

神社本庁は男系男子が皇室の伝統であり、伝統を尊重すべきだというスタンスを取っています。

 

これに対し、女系継承を認めるべきだという論者の主張は

  1. 古代においては双系継承であった(田中卓
  2. 男系継承が可能だったのは側室制度があったからである

双系継承というのは、古代の皇室は皇族同士(いとこ同士など)で結婚していたから結果として男系継承をしていたように見えるだけで、実際の婚姻関係を詳しく見ていくと女系継承も男系継承も両方していたという指摘です。

 

男系護持論者と女系容認論者の主張を戦わせると、男系論者には「伝統を守る」という大義名分はあるものの、では男系男子が減少している現状をどうするかという現実問題に対する回答がありません。これに対し、古代史の専門家である田中卓の説をベースに、皇室の長い歴史を踏まえ、側室制度が廃止された以上は女系も認めるしかないとする高森明勅の主張は極めて現実的かつ論理的です。

 

【参考文献 】

田中卓愛子さまが将来の天皇陛下ではいけませんか 女性皇太子の誕生』(幻冬舎、2013年)

所功皇位継承のあり方―“女性・母系天皇”は可能か』(PHP、2006年)

高森明勅『「女性天皇」の成立』(幻冬舎、2021年)

 

ブログ主の私見

論理としては女系容認論の方が分があると思いますが、個人的には皇族のルールは皇族において決めてもらうのがよいと思います。戦前の宮務法を復活させるべきとまではいかなくとも、皇族の意見を無視して決めるべき問題ではないでしょう。

学者の議論で「古代は双系継承だった」と決着しても、それを皇族のルールにするかどうか、誰を皇族の長にするかは皇族が決めるべき事柄です。

その観点から、旧「皇室典範」は井上毅といった戦前の官吏が起草したものとはいえ、最終的に裁可したのは明治天皇ですから、明治天皇の御聖断としての「男系男子」は尊重されるべきだと思いますし、女系継承容認が現実的だと理解しつつも可能な限りは「男系男子」で続いていただきたいと願ってしまいます。